Side−S


炎の国へ帰ってから、どれくらいの月日が経っただろう…



オレは炎の国に帰ると直ぐに、翡翠を加工するための工房を作らせた。



工房が出来上がった事を翠の国に報せると、フウマが翠の国から職人を何人か連れて来た。そして、炎の平民達を工房に集めては、加工する技術を伝える職人達との間を取り持ち必死に頑張っていた。


オレは時々工房に顔を出し、その進捗を見守る日々を過ごしていた。



翠の国か…

なんだか懐かしいな…


マサキとはあれから一度も会えていない。きっと今頃は翠の国で、皇子として忙しい毎日を送っているんだろうな…



マサキの記憶が戻ったのなら、もうあの『虚』の世界は不要だ。オレは『虚』の世界の創り主で管理を委ねている、黄の国のカズナリ皇子を訪ねた。


「そろそろ来る頃だと思っていましたよ、ショウさま。今お茶をお持ちしま…」

「決まり文句も、お茶もいらない。今日は『扉』を閉めに来たんだ。」


「『扉』を閉めに?」

「マサキ…皇子の記憶が戻ったんだ。だから、もう『虚』の世界は必要ないから。」


「そうですか…。マサキ皇子の記憶が…」


『虚』の世界の『扉』を閉めてしまえば、もう高校生の『櫻井翔』でも『相葉雅紀』でもなくなるし、二度と逢うこともない。


生徒会役員室や図書室での他愛もないやり取りも、オレの家での勉強会も、全部全部、その想い出は欠片すら残さず、マサキ皇子の中から消えていくんだ。


そう思うと、胸を締め付けられるような痛みは収まりそうもなくて…



初めて翠の国で出会った時のマサキは、お供のカザマと戦火を逃れようと女装をしていた。その容姿は、オレの胸の奥に衝撃を与えた。それが『一目惚れ』ということだと分かるのに、それほど時間はかからなかった。


無理矢理炎の国へと連れ帰り、オレの『側室』にすればマサキを手離さないで済むと思った。


オレはマサキに少しでも笑って欲しくて、自慢の庭園を毎日のようにマサキに見せて歩いた。


男だと分かってからも、オレの心はマサキにあると告げた。それはマサキも同じだと言ってくれた。


有頂天になったオレは、マサキを翠の国に里帰りさせる序に、翠の国王に謁見してマサキとの仲を認めてもらおうとした。


だが謁見の間に、秀の国王が乱入し剣を振り回し、オレはマサキを庇って傷を負った。マサキはショックのあまり、気を失った。


オレが目覚めた時、マサキはオレのことを全く覚えていなかった。オレはマサキにオレのことを少しでも思い出して欲しくて、黄の国のカズナリ皇子に『虚』の世界を創らせた。


どうしても…どうしても…


マサキのことを諦められなかったから…


マサキのことを愛しているから…


この『扉』を閉めれば、『虚』の世界は消滅する。『雅紀』との想い出も失くなる。


弟思いのサク王女のお陰で、マサキは『分岐点』を乗り越えられた。『翡翠の谷』での出来事は、マサキに新しい記憶を与えてくれた。


でもそれは…


「マサキ皇子が『分岐点』を乗り越えられたら、『虚』の世界を忘れるだけではなく、炎の国での出来事も全部忘れてしまう。ショウ皇子が俺に『虚』の世界を創ってくれって依頼をした時に、そう契約したでしょ?」

「あぁ、分かっている。」


「じゃあ…『扉』を閉めて?」


オレは苦い思いを胸に抱えたまま、『虚』の世界の重い『扉』を閉めた。





その夜…




『…ちゃん』


…うん?


「翔ちゃん…てば、起きて?」


…えっ?その声は…まさか…


「くふふっ…。会いに来ちゃった…。」



『実』の世界のマサキ皇子ではなく…


『虚』の世界での姿…


高校生の相葉雅紀の姿で、オレの夢の中に現れた。





…つづく。