不意に真面目なハナシ。
「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」(いわゆるLGBT理解増進法)が成立する過程では、マスメディアでも、ネット上でも、様々な意見が飛び交い、今も飛び交ってます。
Daddy さん自身の思うところを言えば・・・
「性的指向」であれ「ジェンダーアイデンティティ」であれ(あるいは「性自認」「性同一性」であれ)、「多様性も何も、そりゃ人それぞれですよね」に尽きると思います。
なので、正直なところ、わざわざソレに関して法律を制定したいという政治家(と市民団体?)の方々には「一体、何がしたいんだろう」と疑問を抱いたりもして。
そもそも「理解の増進」って、政府や地方公共団体、事業主や学校が、例えば、LGBTっていうのはカクカク・シカジカなり、と教えたりすることなんでしょうか。
「LGBT」(QIA+……とか、果てしなく色々あるらしいですが)と括ってはいますが、そう呼ばれる人達も、一人ひとり皆違うのは当然で、「当事者の声」にしても伝わってこないものが沢山あるはずです。
ウチの3女 V3 はウィリアムズ症候群ですが、そうと聞いた誰かが、どこかで仕入れた知識をもとに「へ〜、だったら、ホニャララ・マルマルなんだね」なんて反応をしたなら、逆に困ってしまいます。
勉強してくれるのは、それは有り難いことですし、知らないよりは知っていた方が良いのではありますが。
でも、V3 も、一人の人間ですから。
「ウィリアムズ症候群の V3」ではなく「V3 は、実はウィリアムズ症候群なんですよ」というだけのこと。
そしてウィリアムズ症候群にもいろんな人がいるのです。
度々書いていることですが・・・
「障害者」という名の人はいません。
「健常者」という名前の人がいないのと同じです。
「ウィリアムズ症候群」という人もいません。他の誰でもない V3 がいるのです。
ならば、「LGBT」という名の人がいるかのような前提で、それを理解しましょうなんて言うのは、何かちょっと間違っているんじゃないでしょうか。
個別、具体的な、一人の人を前にして、その人を知りたいと思った時、たまたまLGBT(QIA+……)の人だったとしても、慌てず騒がず、ちゃんと「理解」する準備だけしておけば良いように思います。
人となりを知っていくうち、ひょっとしたら「ごめん、ムリだ」ということになるかもしれないけれども、それは、それだけの縁だった、ということでしょう。
それが、お互いの属性ゆえか、その人とわたしだったから、なのかは本人にしか分からないことです。いえ、本人にも分からないことかもしれません。
世の中、いろんな人がいて、いろんな考えがある。
そこさえ押さえておけば、大抵のことは受け入れられます。
ただ、必ず「分かり合える」とは思いません。
したら、分かち合えばいい。
いや、ちょっとそれはキレイ過ぎるかな?
ならば、住み分ければいい。
様々な理由で、いわゆる「困っている」人がいる、というのは、そうだと思います。
でも、自分が困っているからと言って「是が非でも理解してほしい」と合理的範疇を越えた「配慮」を求め、他の人が困惑することには頓着しないように見える人がいるのは、何としたことでしょう。
でも、そんなのは、極々少数のはず。
マスメディアやネット上にいるその人、ではなく、目の前にいるこの人、を見て知って考えようと思います。
先週の話ですが、素敵ニュース。
ウチには、何故かこんなモノもあったりして。