首都高速道路。

 

本線から分岐した、出口へのレーン。

 

 

ボクのアクアは、左側の壁に擦りつけられ止まっていた。

 

 

目の前、20m先には、ロールスロイスが止まっている。

 

 

 

・・・・その、運転席のドアが開いた。

 

 

 

ドライバーが降りる。

 

 

 

派手なシャツ姿。

 

ガッシリとした体躯。

 

白髪。

 

真黒なサングラス。

 

 

年の頃は60代後半といったところか。

 

 

 

ノシ、ノシ、ノシ・・・・

 

 

歩いてくる。

 

 

向かってくる。

 

 

明らかな「反社」の姿。

 

「輩」って歩き方。

 

 

 

運転席のドアの前。

 

屈んでボクの顔を覗き込んでくる。

 

 

ボクは、

 

窓を開けた。

 

 

 

「すいません。いけると思ったんです」

 

 

・・・・という意味の言葉を、

 

訛りの強い言葉で言った。

 

 

さらに言えば、

 

声が高い。

 

 

風体からは想像がつかない「ハイトーンボイス」だ。

 

 

・・・・・で、

 

 

さらに言えば・・・

 

 

サングラスをとった眼は、

 

小心そうなショボショボした眼・・・・爺ちゃんそのものだった。

 

 

 

・・・・・マジか??!!

 

 

思わず、心で突っ込んだほどの「肩透かし」だった。

 

 

「反社」どころじゃない。

 

 

 

作業服を着て、トラクターに・・・

 

 

長閑な田園風景が似合う顔つきの爺ちゃんだった。

 

 

 

「はい、こちら110番・・・事件ですか、事故ですか・・・??」

 

 

受話器の向こうから声が聞こえる。

 

 

ボクは、事故だと伝え、場所を言った。

 

 

爺ちゃんは、この場所・・・・現在地がわからないと言うんだった。

 

それで、被害者のボクが110番をした。

 

 

 

ボクのアクアは、壁にぶつかって停まっている。

 

 

爺ちゃんが、

 

ロールスロイスを端に寄せ、

 

降り口の邪魔にならないところに停めた。・・・・しょうがないので、ボクが降りて誘導した。

 

 

二次災害、三次災害を引き起こすわけにはいかないんでな。

 

 

・・・・・その間にも、

 

降りて行く車はいる。

 

 

・・・・んで、

 

みんな一様に、「興味津々」って顔で見て行く・笑。

 

 

 

日本の大衆車。

 

 

TOYOTA

 

 

・・・・さらには、「チョー大衆車」アクア。

 

 

と、

 

 

世界が認める、

 

 

「チョー高級車」・・・・ってか、自動車世界の頂点に君臨する、

 

王様「ロールスロイス」

 

 

そいつが、どういうわけか、「事故」を起こしている。

 

 

 

そりゃ、

 

 

「興味津々」だろうよ・笑。

 

 

 

高速道路上だ。

 

 

警察は簡単には来ない。

 

 

 

・・・・・冬とはいえ、日差しは長閑。

 

 

 

二人で、

 

壁にもたれて話す。

 

 

 

「道がよくわからなくて・・・・」

 

 

という意味の言葉を、酷い訛りで爺ちゃんが喋っている。

 

 

 

要約すると、

 

 

当然に、

 

ナンバーの示す「陸の孤島」の田舎から東京にやってきた。

 

仕事だった。

 

 

訪問先に向かう途中。

 

 

ずっと追い越し車線を走っていた。

 

 

いきなり、

 

ナビゲーションが出口を示す。

 

 

 

・・・・出口は左側。

 

 

左車線に入りたいが・・・・しかし、車が途切れない。

 

車線変更ができない。

 

 

焦った。

 

 

・・・・「出口」を行き過ぎてしまう・・・・

 

 

パニック。

 

 

ナビゲーションが「出ろ!出ろ!左!左!」と騒ぐ。

 

 

・・・・・もう、距離がない。

 

 

・・・・行き過ぎてしまう・・・・

 

 

 

ちょっと空いた左車線に強引に割り込んだ!

 

そのまま、さらに「出口レーン」に入った・・・

 

 

・・・・つまり、一番右の車線から、一気に2車線を飛び越えた。

 

 

・・・・ところにボクのアクアがいた。

 

 

 

・・・・ってわけだった。

 

 

 

「すいません。すいません」

 

 

連発していた。

 

頭を下げている。

 

 

 

パトカーのサイレンが聞こえてきた。・・・・まだ、遠いなぁ・・・・

 

 

 

 

ちなみに、

 

 

仕事は「不動産業」・・・・・田舎のデベロッパーらしい。

 

 

それで、

 

こんな4,000万円を超えるロールスロイスに乗れるわけか・・・・

 

 

 

 

さらに、15分。

 

 

ようやっと、高速上の黄色いパトカーがやってきた。

 

 

 

現場検証が始まる。

 

 

・・・・・そのうち、白黒パトカーもやってきた。

 

 

 

ボクは、

 

寒いので、アクアの中で待機していた。

 

 

警察官がやってきた。

 

 

窓を開けた。

 

 

 

「救急車呼びますか?」

 

 

 

警察官が聞いた。

 

 

アクアは、かなりひどい状態だ。

 

 

壁に擦れた左側は、

 

ちゃんとは見れてないけれど、

 

壁に挟まれ、「真っ平」・・・・車本来の「プレスライン」がなくなってしまっているほどにつぶれている。

 

 

で、

 

右側は、

 

ロールスロイスに擦られ・・・ってか、ドカンとぶつけられ「べっこり」と凹んで傷だらけだ。

 

 

状態だけ見れば、

 

 

「けっこーな事故」だと思える。

 

 

それで、救急車が必要だと警察官は思ったようだ。

 

 

しかし、

 

 

エアバックは作動しなかった・・・・まぁ、前後の衝撃じゃなかったからな。

 

横からの衝撃。

 

アクアには、サイドエアバックはついていない。

 

 

 

ってことで、

 

 

身体へのダメージは感じなかった。

 

 

・・・・いや、救急車呼んでもいいんだけど、

 

これ以上の時間のロスが嫌だった。

 

さっさと解放されて、

 

今後の対策を考えなきゃなんない。

 

 

幸い、

 

明日は客先に行く予定はない。

 

明日は車を使う予定はない。

 

 

 

しかし、

 

この後、

 

ここから、ディーラーに電話して、代車だの、その手配を急ピッチでしなきゃなんない。

 

 

救急車で病院に運ばれれば、

 

絶対に「検査入院」ってかたちで、

 

強制入院をさせられる。

 

 

それは避けたかった。

 

 

・・・・・これが「ひとり自営業」の悲しさだ。

 

 

 

救急車を断って外に出た。

 

 

念のため、身体の各部を確認する。

 

・・・・大丈夫。

 

身体へのダメージはなさそうだ。

 

 

 

黄色い隊員、

 

警察官に囲まれてる爺ちゃん。

 

 

 

「私が悪いです。彼の車を見落としてました」

 

 

・・・・「陸の孤島」お国訛りで言っていた。

 

 

 

良かった・・・

 

 

ここで、ごねられたら、

 

一気にめんどーが増えると思っていた。

 

 

 

「見落としていた」

 

 

ちゃんと証言してくれた。

 

 

 

サングラスをかけての「反社」の風体、

 

それとは似つかわしくなく、

 

 

田舎の実直な爺ちゃんらしかった。

 

 

 

・・・・・これでも、不幸中の幸いか・・・

 

 

この時は、そう思ったんだった・・・・・

 

 

 

 

・・・・1ヵ月だった。

 

 

あの、

 

寒空の「インキー」事件から、

 

 

ちょうど1ヵ月だった。

 

 

「インキー」が1月。

 

 

ロールスロイスに突っ込まれたのが、2月。

 

 

偶然「同じ日」だった。