人間というのは、
勝手に「仕事」をつくる生き物だ。
会社全体から見たら、
どーでもいい「仕事」をつくる。
会社の利益、
顧客のため、
そんなものとは、全く関係ない、
「自分の存在意義のため」
そういった仕事をつくる輩ってのは、どの会社にも存在する。
この時の、
先輩の会社、
ウチの会社、
双方の弁護士がまさにそれだった。
依頼主、
双方の会社のためじゃなく、
自分の存在意義のための仕事に血道を注いでいた。
「契約書」はいつまでたっても出来上がらない。
すでに、
「契約締結」
そこをゴールと考えていない発言、行動が見えてきていた。
「ラチがあかない・・・・」
全てを解き明かし、
今後の対応策を協議する。
そのために、
先輩、ボク、成海、
それらを前にして、
双方の担当者を全員集め、仕切り直しの会議を行う。
そう決めた。
場所は先輩の会社。・・・・ウチの会社には、全員が入れる会議室がなかったからだ。
ボクは自ら運転して先輩の会社に向かっていた。
乗っているのは「バン」だ。
前部は乗用車のようになっていて、後ろは荷物が積めるように箱型になってる車。
4ナンバーの営業車。
後ろのシートは倒してあって、測量機器なんかが乗っている。
会社の車には、ワゴンタイプの作業車が多かったけれど、
ボクは、どうにも、ワンボックスが好きじゃなかった。
大きいし、
取り回しが楽じゃない。
その点、
この車は、乗用車と同じ感覚で乗れるんで気が楽だった。
ボクが、自分で運転して移動するときには、好んでこの車両を使っていた。
午前中には客先ミーティングがあり、
それが終わって先輩の会社に向かっていた。
「親子上場」
それに合わせての先輩の会社からの出資。
その「規約書」
未だ締結がなされていなかった。
ダラダラと4ヵ月以上の、無駄な時間を費やしてきた。
すでに、先んじて、日本全国での「営業所」の立ち上げは進んでいた。
各営業所は開設され、
営業車・・・・備品もすでに揃い、
続々と人員が採用されていった。
片道2車線の幹線道路。
渋滞が激しい。
ビジネスオンタイム。
都内の道路はどこも渋滞だ。
ボクは、左側車線を走っていた。
右側を走ろうが、左側を走ろうが移動時間に大差はない。・・・・どっちも渋滞しているからだ。
ただ、
右側車線のほうが、
なんというか・・・・
「イライラ感」が強いんだった。
「急いでる感」が強い。
走っていても、「煽られ感」が強い。
右側を走れば、感化されて自分までイライラしてしまう。
それが嫌で、
自分で運転する時は、なるべく左側車線を走った。
車間距離もつめない。
急に割り込まれても平気なくらいの車間距離を開けていた。
・・・・・ただでさえ、イライラすることが多い。
よけいなイライラはゴメンだ。
運転ごときで無駄なエネルギーを消耗したくない。
出資に関しての契約書の締結はなされていない。
・・・・ということは、「出資金」は、未だウチには入っていないということだ。
にもかかわらず、
先行して、日本各地に「営業所」を立ち上げ、人員さえ採用している。
それらの費用は、全て、ウチの「持ち出しだ」
その金額、
すでに2億円を超えていた。・・・・何より高額なのは、事務所の家賃だ。そして駐車場の賃料。
さらには、営業車の手配。
そういった初期投資が一番大きかった。
信号で止まった。
右車線には、紫色の大型ダンプが止まっている。
ずっと並走するようなかたちだった。
右車線が流れたかと思えば、
左車線が流れる。
結局は、どちらも変わらない。
ずいぶん前から、
紫ダンプと、抜きつ抜かれつのノロノロしたデッドヒートを繰り広げていた。
「2億円」
全ては、
銀行からの借り入れで賄った。
ウチが、親会社から出資を受けるのを銀行は知っている。
二つ返事で銀行は貸し出してくれた。
むしろ、
各銀行間で、バランスをとるのに苦慮したほどだ。
どの銀行も、
「親子上場」のプランは知っている。
先輩の会社は、すでに上場のカウントダウンに入っている。
しかし、
ウチは、これから上場準備に入る。
・・・・・つまり、
ウチは、未だ、上場に関しての、
「幹事銀行」が決まっていなかった。
当たり前だが、
取引のある、全ての「都銀」が、
幹事銀行の座を狙っていた。
そのために、
今の段階で、都銀間の甲乙の差をつけるわけにはいかない。
取引のあった都銀4行から、
横並びで5千万円づつを借り入れた。
金利も同じ。
そもそもが、出資金がはいるまでの「繋ぎ融資」だ。
ほとんどが、タダのような金利だった。
だから、
キャッシュフロー的に苦しいということはない。
ただ、
やっぱり、気が落ち着かない。
・・・・・常に、イライラする日々だった。
そもそも、こんなに長い時間がかかるとは思わなかった。
せいぜいが2ヵ月。
だから、
そもそも借り入れをする予定もなかった。
信号が青になった。
ところが、
前は詰まっている。
右側車線は前が開いている。
ダンプが轟音を響かせ走っていく。
と同時に、
やっと右側の視界が開けた。
右側、運転席側に大型ダンプなどに並ばれると、
どうにも閉塞感、圧迫感を感じる。
運転席、すぐ右に、大きなダンプのタイヤがあるってのは気持ちのいいものじゃない。
せいぜい2ヵ月。
・・・・それが、3ヵ月になった。
さすがにキャッシュが回らない。
急遽、各銀行に借り入れを申し入れた。
各行は、
喜んで貸してくれたものの、
金額が各5千万円といった金額だ。
連帯保証人を求められた。
社長であるボクの連帯保証は当然として、
「もうひとり」保証人を求められた。
「申し訳ありませんが、これも銀行の規約ですので・・・・・」
各銀行員は、申し訳なさそうに頭を下げていった。
そして、
ウチの役員ではダメだと言われた。・・・・そりゃ、そうか、ボクが返済不能になったときとは、ウチの会社がダメになったときなわけで、
そりゃ、ウチの役員じゃあ、保証人の体を成さない。
「社外で、・・・・それなりの人物でお願いします・・・」
それで、叔父に頼んだ。
「わかった」
拍子抜けするほど簡単に、叔父は判子を押してくれた。
銀行にとっても申し分ない連帯保証人だった。
せいぜいが2ヵ月。
それが、すでに4ヵ月を超えようとしていた。
「つなぎ融資」
しかも、
半年間の返済猶予期間付きだった。・・・・つまり、半年あれば「契約締結」になりますよねってことだった。
しかし、
このままズルズルと半年間が過ぎてしまえば、返済が始まってしまう。
さらには、
本来ならば、支払う必要のない「金利」も支払い続けることになる。
「タダのような金利」とはいえ、
タダのような%というだけで、
原資が2億円といった金額だ。
タダのような金額では済まない。
・・・・まったく、
余計な出費だ。
バカバカしい限りだ。
常にイライラする原因がこれだった。
また信号で止まる。
前に2台の車。
けっきょく、右側には紫ダンプが並んでいた。
また、右側の視界が遮られた。
右側にダンプがいると日陰になるわ、見晴らしが悪くなるは・・・・
どうにも気分が悪い・・・・
まぁ、
大型ダンプには罪はない。
・・・・・ウチの親父も大型トラックの運転手だったしな・・・・
大型車両に文句を言えば罰が当たる・・・・
信号、青。
前の車が走り出す。
ダンプの前は詰まっている。・・・動かない。
前の車との車間距離をとって走り出す・・・
ダンプを抜き去る・・・・
ドッカーン!!!
フロントガラス、助手席のガラスが砕け散った。
右斜め前からメリ込んできたワンボックス。
条件反射でブレーキを踏み込んだ。
甲高いタイヤの軋む音。
大きく左に弾き飛ばされ、ガードレールに突っ込んでいく・・・・
激突。
肩に食い込むシートベルト。
派手な金属音。
大きな衝撃。
爆発音。
エアバッグが開いて顔を打つ。
・・・・・これが、一度目の交通事故だった。