「ねぇ・・社長見た?・・麗しの美貌に磨きがかかって!!もぉ~ため息もの!」


「見たわよ!!何事!!・・もぉ~痺れるわ・・・はぁー」
恋する乙女たちの甘いため息がこの1週間社内で噂と共に広がっていた。


「前は話しかけ辛い感じだったのに・・なんか、そう・・何て言うの・・?」


「あぁ・・わかる!!氷の美貌の『氷』が溶けた感じでしょ?」


「そうそう、まさにそんな感じ!!・・ねぇ?最上さんもそう思うでしょ?」
急に話を振られ、キョーコは表情を引きつらせた。

そんなキョーコの様子に誰も気が付かず話題は次から次へと進んでいたのでキョーコも適当に相槌をうって話に参加した。

「あぁ、うん・・そうですね」


「あれ?最上さんて、社長みたいな人は好みじゃないの?・・あ、そっか。あのかっこいい彼氏がいたら社長なんて見てるだけだし、つまらないわよね・・でも目の保養にはなるわよ?」


「あ、はぁ・・そうですね・・」
いい加減疲れてきたと思いながら、あいまいな返事を繰り返した。
毎日お昼休みに繰り広げられる蓮の話題にキョーコは日増しにうんざりしていた。


・・それに誰なのよ・・私の彼氏って・・?


そんな疑問にも突っ込むのも面倒になり、長い地獄のような昼休みを過ごす。
もぉー誰でもいいからここから私を連れ出して!! 

心の中で叫びながら、すでに味も分からないほどポツポツと食べていたご飯も途中で食べるのをやめた。


全く、食欲もなくなるわ・・


深いため息とともにキョーコは箸をおいた。



*
自宅に帰ればいつも決まった時間に蓮から電話があった。
用事もないのに電話をかけてこないで下さい。と言えば、声が聞きたいのは立派な用事だ と強引に話題をつくる。
気が付くとそんなやり取りをしてすでに2週間が経過していた。


決して恋人たちがするような甘い会話を楽しんでいるわけではない。

ただ何となく今日の出来事をお互い報告しているだけだった。

それは会社の日報のようでもあり、でも不思議と嫌な気分にはならなかった。


それがかえってキョーコを苦しめ始めていた。

そして一番の問題は、電話のかかってくる22時・・・
その時間までにすべての用事を終えて、その電話を待っている自分の行動だった。


キョーコは止めることのできない想いに苛立ちを覚え始めていた。


きっと私が彼の手に落ちれば・・
そう、今までの彼女たちのように・・・・
終わりへの道が始まる。


そう思うとキョーコは自分を抱きしめて切ない表情で携帯電話を見つめた。

それがいつなのかわからない。

ただ、それが怖くて素直になれないでいた。


これじゃ、まるで恋人の電話を待っているみたいじゃない!!


そして今日も後数分でかかってくるであろう電話を待ちながら、ため息をついていた。