どんな浮かれ顔で出社するのかと社は楽しみにしていた。
しかし目の前にいる男は、数か月前の蓮と何一つ変わらず、柔らくなった表情も「氷の美貌」と称されていたころの表情に戻っている。
今思えばこの表情はすべての感情を自分で操っているのだと社は理解した。
蓮は会議中表情一つ変えず、報告を受けた。
見慣れていた光景だったのに、ここ数か月の人間らしい蓮の表情に慣れてしまったせいか、今の蓮の不自然さに誰もが何があったのかと不安を感じているのがわかる。
ほんの数時間でこれほどまでに人は変われるのかと思うほど、蓮の雰囲気は一変していたが、本人は気が付いていないようだった。
「・・・以上です。来週予算会がありますので、担当部署はしばらく忙しいと思いますが、よろしくお願いします。・・・他になければ本日の会議は終了にしましょう」
ぞろぞろと会議室から出ていくと、蓮は部屋に残って窓の外を眺めていた。
そういえば、前はよく窓の外を眺めていなかっただろうか・・
ここ最近その姿を見なかったような・・
「蓮・・・・」
「あ、社さん・・どうかしましたか?」
どうかしたのはお前だろう?というセリフを社は寸前で呑み込んだ。
それほどまでに、蓮は傷ついた瞳をしていた。
キョーコちゃんが蓮を傷つけるようなことをするとは思えない。となると彼女を見舞いに行った際に、何かあったのだろう。
彼女には出会えたのだろうか・・・
それを訊くこともできないほど蓮の瞳は暗い影を宿しているが、周りへの影響を考えると聞かないわけにもいかない。
「昨日は・・・どうだった?」
「・・あぁ・・そうでしたね、社さんにはお世話になったのでお伝えしないといけませんね・・・・。実は、振られました。」
寂しそうに笑う蓮の表情に社はどう答えればよいのか、わからなかった。
短く そうか と答えてその先を訊くべきかどうするか悩んでいると、ふんわりと甘い香りがした。
これも以前は当たり前だったこと・・・・
以前の蓮に戻っただけなのにその違和感に社は戸惑った。
「蓮・・・・お前・・・・いや、なんでもない」
また一人でいられない病気が再発か・・・・
社はそんなことを思いながら蓮の様子をしばらくだまって見守ることにした。