病欠をしたのをいいことに、長引いてご迷惑をおかけしそうなので退職させてほしいと人事担当に連絡をしたところ、優秀な人材だから、気にせず休むとよい と言われて一度はありがたく休職扱いにしてもらったものの、どうしても敦賀さんに逢いたくなくて、結局退職させてもらうことにした。


あれからまだ2週間もたっていないというのに、心にぽっかりとあいた穴が徐々に広がっていくような気がした。


ショータローが突然現れたことにも驚いたが、まさか敦賀さんがお見舞いに来てくれるとは思わず、狼狽える自分を押さえ込むのに精いっぱいで何が起きたのか全く分からなかった。


渡された可愛らしいブーケの花がまだ部屋に飾ってある。
蓮が訪れたことが夢ではなかったことをその花が語る。


「なんで、あのタイミングで現れたのかしら・・」
せっかく忘れようと心に誓ったばかりだった。

都合よくショータローが彼女役をやってくれと言ってくれたことで、蓮に嘘をつかずに距離を取ることができた。

それなのに・・・・
心はすさまじい悲鳴を上げている。


唇に残る感触に心が不安で揺れる


会いたくて・・心が壊れそう・・・



ブーンブーン・・ブーンブーン


携帯電話の着信にキョーコはテーブルの上に手を伸ばし表示された名前を見て驚いた。


「はい、・・・最上ですが・・」


『久しぶりだね・・キョーコちゃん?調子はどう?』


「こんばんは社さん・・だいぶ良くなりました・・それとお世話になったのに挨拶もなく退職してしまいすみません。ちょっと風邪をこじらせてしまって長引きそうだったので、退職にさせてもらいました。」


『・・・本当に・・それが理由?』
心配そうに尋ねる声が、どこか攻めているようでキョーコは急に息苦しく感じた。


「え?どういうことですか?」


『いいや、蓮に・・会いたくないのかと思って・・』


敦賀さんに会いたくないと思えたらどんなによかっただろう
会いたくないと思う反面・・心は会いたくて仕方がなかった


『・・蓮が・・元気がないんだ・・』


「え?どうか・・されたんですか?」
ドキッとするような社の言い方にキョーコは落ち着かない気分になる。どうして忘れたいと思うのに、何かしらのタイミングで敦賀さんを思い出させるような事態が発生する


『無理は承知でお願いしてもよいかな?少し、調子が良くなった頃で良いんだけど蓮に連絡してもらえる?たぶんキョーコちゃんの声聞いたら少しは元気にあると思うから・・あ、でもキョーコちゃん今彼氏いるんだっけ?』


彼氏がいるという話が、社さんにまで伝わっていることに驚きながら、キョーコは少し笑って答えた。


「私が連絡することには、もう他の女性と仲良くなっていらっしゃるのでは?」
彼氏については何も答えないことにした。ずるいと思いながらも理由を説明したくなかったし、数日後には彼氏ではなくなるとは言えなかった。


『・・・・まぁ、確かに否定はできないけど、心を許したのはたぶんキョーコちゃんにだけだと思う。だから、調子が良くなったら、一度だけでいいから連絡してもらえないかな?』
切羽詰まったような社の声にキョーコは渋々頷いた。


「わかりました。社さんにはたくさんお世話になりましたので、敦賀さんの様子を確認したらまたお電話させていただきます。」


電話を切った後キョーコは大きなため息をついた。



・・・・大丈夫だろうか・・


会いたいなんて、愚かなことを言ってしまいそうな自分の心を押さえ込むことができるかキョーコは不安で仕方なかった。