.脳死移植 家族承諾による臓器提供10例目に
毎日新聞 9月25日(土)23時35分配信


 日本臓器移植ネットワークは25日、北部九州地方の病院に入院していた70代の男性が、改正臓器移植法に基づき脳死と判定されたと発表した。本人の提供意思は不明で、家族が承諾した。7月の同改正法全面施行後、家族承諾による臓器提供は10例目。今年の脳死提供は14例目となり、97年の臓器移植法施行以来最多だ。こうしたハイペースの裏側で、重い選択をゆだねられる家族が重責を感じている現実も浮かび上がった。【藤野基文】


 ◇家族に「選択」の重責

 「うちの子からは臓器を取らないでください」

 改正後、脳死臓器提供を経験した医療機関。ある看護師は、入院中の重症患者の親から突然、こう訴えられて返事に詰まった。それまで互いに移植の話をしたこともなかったが、親は院内で臓器提供があったことを知っていた。こうしたやり取りの約1週間後、患者は脳死を経て亡くなった。

 看護師からの報告を受けた医師は、命を救う現場の役割が、誤解され始めているのではないかとの不安を抱いている。「移植は(提供意思を移植につなげる)我々の協力がなければ成り立たない。だが、救命の現場は臓器提供の現場ではないし、まして医師が救命より臓器提供を優先することはあり得ない」

 この医療機関は従来、脳死が疑われるすべての患者の家族に対して、臓器提供意思表示カードを持っているか確認してきた。しかし、改正後は対応を決めかねている。カードについて家族に尋ねることが、「提供を承諾するか」を尋ねているように伝わる恐れがあるからだ。

 医師は「臓器提供をしないことはまったく悪いことではない。だが、提供に関する話をこちらから持ち出すと、家族として協力するのが道義的に正しいのだというプレッシャーを与えかねない」と悩む。

 法改正により、提供の可否が「本人の書面による意思表示」から「家族の承諾」に緩和されたことで、家族は想像以上の重責を担うことになった。

 別の医療機関の医師は改正後、家族承諾による提供を経験した。「脳死での臓器提供を承諾する家族は、苦渋の選択をしている」と言う。「心臓は動き、体も温かく、血色も良い状態での提供。家族は悩みに悩んで決断している」

 この医療機関では、改正前から臓器提供という選択肢があることを家族に説明してきた。

 改正後もその方針を変えない一方、院内に家族のケアを担当するチームを発足させた。精神科医や臨床心理士で構成し、悩む家族に寄り添って決断を支えることを目指す。

 世界保健機関移植課アドバイザーの篠崎尚史・東京歯科大学角膜センター長は「家族ケアの体制整備が急務だ」と指摘する。移植医療が盛んな米国では、専門家による家族ケアのシステムが構築されている。日本では、ネットワークがドナー家族専用の相談窓口について、開設の検討を始めたばかりだ。

    ◇

 ネットワークによると、家族承諾による10例目の提供となった70代男性の家族は、病状の説明を受けた時に主治医から、県が作成した臓器提供のパンフレットを手渡され、提供の機会があることを知った。「周囲に優しい人だったので、人の役に立てることを喜んでくれるだろう」と、妻や子の総意で提供を承諾したという。

 医学的な理由で、男性から提供されるのは腎臓のみ。熊本赤十字病院で50代と40代の男性に移植される。


 ◇改正臓器移植法◇

 今年7月17日に全面施行された改正臓器移植法は、本人の提供意思が不明でも、生前に拒否していない限り家族の承諾のみで臓器提供ができるほか、これまで対象外だった15歳未満の小児についても、家族の承諾で提供が可能になった。実施例については、脳死判定や移植に至る手続きが適正かどうか、厚生労働省の検証会議が事後検証するが、法改正作業などで検証が遅れており、改正前に実施された28件の検証も完了していない。


 ◇橋渡し役の負担深刻化

 提供が増えるにつれ、移植コーディネーターの負担も深刻化している。

 移植コーディネーターは、臓器提供について家族に説明し承諾書を作成する一方、ネットワークに登録している待機患者から適合者を選ぶ。ネットワークに所属する専従の26人に加え、都道府県に所属する53人がいる。

 ネットワークの芦刈淳太郎・コーディネーター部副部長によると、1回の提供に計10人がかかわり、家族への説明、臓器搬送ルートの決定など役割を分担する。一通り業務をこなせるようになるには約3年かかるが、専従26人中10人は昨年以降の採用のため、実質16人で担当している。

 厚生労働省は、法改正による提供増を見込み、今年度から専従者の人件費を10人分増やした。しかし4月以降の採用で6人が埋まらず、今月新たに公募を始めた。コーディネーターの負担について小中本部長は「新人が早く独り立ちできるようにしたい」と話す。


 ◇今月だけでも実施件数6件

 通算97例目となる今回の移植が実施されれば、今年の脳死臓器提供数は14件で、脳死移植が可能になった97年(臓器移植法施行)以来最多。今月の実施数も6件と、過去最高だった今年8月の5件を上回る。

 提供が相次いでいることについて、ネットワークの小中節子・医療本部長は25日の会見で「(要件を緩和したことで)提供したいと思っていた家族の意思が拾い上げられるようになった。これまで年間100件程度あった、心停止後の腎臓提供が、脳死での提供に移ったことも原因ではないか」と話した。