母の言葉がでなくなりまして。その4

昨日はアレをもってこい、コレをもってこいというメールが
夜だけで5通以上は来ていました。
当然毎日学校で教科書いっぱい+母親分の荷物を持ちながら
学校に行くことは困難なので、諦めて早めに起きて
病院によってから学校に行きました。

おかげさまで授業中に睡魔さんにK.O.されましたΣ(ノ∀`)


しかし、日に日に良くなっていっている気がする。
今日は朝も夕方も返答がしっかりしていて、
意識レベルもかなりはっきりしていた。

「アレ」や「コレ」といった指示語を使い、単語が出てこない様子も
大分減ったと思う。

熱は微熱。37.4度程度。
前回のくも膜を手術したあたり、左側頭葉がすこし鈍痛がするそうで
氷枕を貰っていた。


ただ、やっぱりケータイが電話を出来るものだという事は忘れていて・・・。

私:「ケータイは大きく二つのことが出来ます。どんなことでしょう?」
母:「メール」 ←相変わらずメールは返事が早い。
私:「そうそう、メールもできるね。もう一つは?」
母:「メールあんたにうったやん!」
私:「うん 昨日たくさん来たね」
母:「トイレいってくる」
(トイレから帰ってきて)
母:「わかった!写真とれる!」
私:「そっか、写真も撮れるね、じゃあもうあと1個あるわ~」
母:「・・・」
私:「これなんていうの?ケータイ○○○って言うやん」
母:「けーたい・・・でんわ・・・あ、電話かー忘れとったわー」

これは“ついつい忘れたこと”になるのか、
“本当に忘れていた”のかは少し微妙なところもあるけれど、
やっぱり普通はケータイで電話できるということは忘れないと思う。

受け答えもしっかりしているし、コソアド言葉(コレ、ソレ、アレ、ドレ)も大分減った。
でもこうしてたまに抜けていることが怖いと思う。
それが倒れたときに、電話をかけるという行為を忘れていたらと思うと
とても心配になる。

だからかもしれないが、家には固定電話がないので
母親には「ケータイは電話をすることができる」ということは
しっかり覚えて欲しいと思う。

考えすぎなのかな・・・。

日に日に見た感じは良くなっているので
このまま良い方向に持っていければと思う。

しかし今後職場復帰はできるのか。
できたとしてもバイク通勤はやめて欲しいと思う。
 (前々から言っているが頑なに嫌がっている・・・)
考えなければならない「今後」はたくさんある。

ひとまずは
主治医のアポが取れれば、月曜日の夕方から話があるそうだ。
今後の治療方針としては、明日血液検査があり、
薬が効いているかのチェックが入るそうだ。

結局のところ、痙攣の対処治療しか出来ていない現状は少し不満ではあるけれど。


ちなみに飲んでいる薬はデパケンR・・・。
昔心療内科で勤めてたときそいえばよく処方されていたような・・・。
副作用で精神症状がでなければいいけれど・・・落ち込みとかさ。

考えすぎかな。


ひとまず来週退院するにしても、
学校の試験ある・・・のよ・・・おかぁさま・・・。
病理学と生化学・・・いえぁあ・・・!!!

が、がんばります(>A<)