☆☆着床の窓はいつ開く? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

スペインのグループから、非常に衝撃的かつ重要な情報を示す論文が発表されました。現在のところパイロットスタディーであり、まだ結論的なことは言えませんが、着床の窓(implantation window)がいつ開くのかを予測し、移植の時期を個別化することが可能になる日が近いことを確信しました。

①Fertil Steril 2011; 95: 50(スペイン)
要約:ERA(子宮内膜受容能アレイ)として、子宮内膜から238個の遺伝子を抽出しました。

②Fertil Steril 2013; 99: 508(スペイン)
要約:①のERA遺伝子のうち4つの遺伝子を選択し、内膜日付診より優れた日付診が行えることを示しました。4つの遺伝子はいずれも着床期に発現が増強されるもので、GPX3(glutathione peroxidase-3)、FXYD2(FXYD domaincontaining ion transport regulator 2)、SPP1(secreted phosphoprotein 1)、MT1G(metallothionein 1G)です。

③Fertil Steril 2013; 100: 818(スペイン)
要約:胚移植が反復不成功である場合の25%の方で①のERAテスト異常を認め、着床の窓がズレている可能性を示唆しました。

④Hum Reprod 2014; 29: 1244(スペイン)
要約:2008年12月、2個胚移植2回が不成功に終わったとのことで、38歳の女性がクリニックを訪れました。夫婦染色体および不育症検査に異常を認めませんでしたが、部分中隔子宮を認めたため、手術で治療を行いました。その後、2個胚盤胞移植を2回(新鮮胚移植1回、凍結融解胚の自然周期移植1回)行いましたが、いずれも不成功でした。次に、ドナー卵子を用い、3日目の初期胚2個をホルモン補充周期で2日目に移植、3日目の初期胚2個を自然周期で3日目に移植、5日目の胚盤胞2個をホルモン補充周期で5日目に移植し、いずれも不成功に終わりました。本人の卵子で4回、ドナー卵子で3回の良好2個胚移植(合計14個)が全て不成功であるのは、子宮内膜の受容能に問題がある場合しか考えられないだろうとの判断により、①のERAテストを行いました。ホルモン補充周期で5日目の子宮内膜を採取し、ERAテストを行ったところ2日ズレており、ホルモン補充周期で7日目の子宮内膜を採取し、ERAテストを行ったところ丁度良い状態でした。このため、ホルモン補充周期で7日目に胚盤胞を移植する方針とし、胚盤胞2個を移植したところ双子の妊娠が成立し、出産に至りました。
その後、ドナー卵子による胚移植不成功(1~6回)の方17名にERAテストを行い、それぞれの着床の窓が開いている時期に合わせた胚移植を行いました。ERAテスト前は、着床率11%、臨床妊娠率19%、妊娠継続率0%(全て流産か化学流産)でしたが、ERAテスト後は、着床率40%、臨床妊娠率60%、妊娠継続率75%となりました。この17名のうち胚盤胞移植が丁度適切な時期は4.5日目と5.5日目が1名ずつ(5.8%)、6日目が3名(17.6%)、7日目が12名(70.6%)でした。

解説:反復着床障害(胚移植反復不成功)は、3回以上の形態良好胚移植で結果が出ていないことを言います。このような場合には、転院したり、治療を諦めたり、医学的に証明されていない民間療法に手を出したりします。反復着床障害の原因としては、子宮内膜増殖症、粘膜下筋腫、子宮内膜ポリープ、子宮内癒着、卵管水腫、胎児染色体異常頻度増加、生活習慣、血栓傾向(易血栓性)などが想定されています。しかし、着床に必要な因子や着床を妨害する因子、着床の窓がいつ開くのかについては明らかにされていませんでした。本論文は、着床の窓が開く時期を子宮内膜遺伝子検査にて予測し、その成果を得た画期的なものです。ヒトの着床についてはほとんど何も明らかにされていませんので、ここで用いられているERAテストが最良のものとは限りませんが、これからの妊娠治療に非常に大きな一石を投じた論文と言えます。

妊娠治療の「個別化」は大変重要なキーワードです。個々の身体の仕組みには違いがありますので、全ての方に同じ治療戦略が通用するのは不自然であり、個々に最適なプランがあるはずです。他の疾患でも、治療の個別化が求められる時代でもあり、その成果が実証されています。現在のところ、採卵周期では、年齢、AMH、AFC(胞状卵胞数)、FSH値による刺激方法の個別化が行われつつあります(個別化していない施設も多くあります)が、胚移植の個別化はほとんど行われていません。私は、採卵周期の個別化には5年前から取り組み、移植周期の個別化には2年前から取り組んできました。ERAテストは移植周期の個別化に必須のツールですが、現在のところ研究段階であるため導入は難しいと考えます。しかし、本論文が示す重要な情報「着床期がズレている方のうち、+2日後ろにズレている方が70%もおられる」こと、「着床期がズレると妊娠しても流産(化学流産)する」ことを踏まえ、これからの診療に役立てていきたいと考えています。