胚盤胞から細胞を採取しないでPGSできるか | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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胚盤胞のPGSでは、胎盤になる細胞(TE)の一部を採取して、染色体の検査をしますが、細胞を採取する際に胚へのダメージが生じる可能性は否定できません。本論文は、TE細胞を採取しないでPGSできるか否かについて検討したものです。

 

Fertil Steril 2016; 106: 1312(米国)

Fertil Steril 2016; 106: 1324(英国)コメント

要約:7名の方から57個の胚盤胞を提供していただき、TE細胞と培養液中の細胞の染色体をCGH法により比較検討しました。なお、単一胚培養(ひとつの培養液ドロップにひとつの胚)で行いました。2時間の増幅を行うと、55検体で、2〜642 ng/μL(平均64〜67 ng/μL)のDNAの検出が可能になりました。6検体で高いDNAを検出でき、2検体でTE細胞と培養液中の細胞の染色体検査結果が一致しました。

 

解説:妊娠中の女性の血液には胎児細胞が混入しており、NIPT(無侵襲的出生前遺伝学的検査:NonInvasive Prenatal genetic Testing)は母体血液中の胎児細胞のDNAを検出することにより、胎児の異常を検出するものです。これと同様の発想で、胚盤胞からも胎児や胎盤の細胞が培養液中に混入し、その細胞を調べると胚盤胞のDNAを調べることができるのではないかとの想定のもとに、本論文の研究が行われました。本論文は、培養液中のDNAは少量ですが、増幅することによりTE細胞と同じものが検出可能であることを示しています。現段階では全ての胚盤胞の分析が可能ではありませんが、培養液の採取方法、増幅方法、分析方法の改良により、非侵襲的なPGSが可能になる時代が来ることを示唆しています。この方法が成功すれば、NIPGT(無侵襲的着床前遺伝学的検査:NonInvasive Preimplantation Genetic Testing)の時代が到来します。大変興味深い研究です。

 

NIPGTには、以前ご紹介した「胞胚腔穿刺」も含まれますが、胚の染色体との一致率に問題点がありました。TE細胞以外の細胞を用いる場合には、モザイク細胞の淘汰、フラグメントの混入、精子や顆粒膜細胞や極体など他の細胞の混入の除外が必要です。正確性が最も重要ですので、これらの克服は最重要課題です。また、現在のPGSにおいても増幅エラーが1〜2%に生じていますので、増幅の改良も必要です。本論文は、夢のような検査ができる時代への入り口に立ったことを示しています。しかし、本論文では、57検体のうち6検体(6/57=10.5%)しかDNAを検出できていませんし、そのうちわずか2検体(2/57=3.5%)しかPGSの結果と一致していません。したがって、実用化には程遠いと考えます。コメントを載せている医師も非常に懐疑的でした。

 

下記の記事も参照してください。

2015.1.19「胚盤胞の胞胚腔穿刺による染色体検査

2015.8.27「胚盤胞の胞胚腔穿刺による染色体検査 その2