Dr.Mの診療録:占いを信じる? パート2 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。


 ある日外来に20代の異国の方がご夫婦でいらした。英語しか話せないため、コミュニケーションがうまくとれず、私の前にたどり着くまで相当苦労されたようであった。問診票には英語で「妊娠しているか調べて欲しい」とあったが、やけに深刻な面持ちである。ただ妊娠検査だけなのかなと思ったが、排卵日から1週間しか経っていない。最短でも排卵日から2週間後にならないと妊娠反応は陽性にならないので、その旨をお伝えし1週間後にもう一度来院されるようにお話しした。「何故そんなに急いで妊娠を調べようとしているのですか」と尋ねると、「実家の両親がホロスコープの専門家で、今年妊娠すると母体が大変なことになる」と昨日聞いたというのである。しかし、「今回の排卵日は、結婚以来初めて避妊せずに性交を行ったので、妊娠しているのではないか気が気でない」という。私は、不妊症の専門家として「人間の場合、妊娠とはそう簡単ではない」ことを十分承知しているので、多分妊娠していない方の確率が高いと思いながら、翌週を迎えた。さて、結果は「妊娠反応陽性」であった。ここからが大変である。「出産したいので、病気がないか、くまなく全身検索をして欲しい」。妊娠中の検査には限界がある。できる範囲で行うしかない。もうひとつの問題は、健康保険を持っていないことである。妊娠や健康診断については自費としても、万一病気が見つかったら、相当な金額を自費で負担しなければならない。幸い、妊娠経過は良好で、健康診断も調べる限り何ら問題はなかった。ただ、妊娠中は体に様々な変化が現れるものであり、それが普通の状態である。しかし、何か症状が現れると、とてつもなく心配になるようで、予定した産科外来以外にもしばしば外来に訪れていた。そうこうしているうちに安定期に入り、分娩をどうしようかという話になった。実家のお母さんが日本に来るためにはビザの取得が必須であるが、日程的に間に合いそうにないらしい。日本では英語を話せる医療スタッフが必ずしも24時間病院にいるわけではない。それならば、母国に帰って、いわゆる「里帰り」分娩をしたらどうかということになった。書類は準備した、注意事項も十分お話した、万一の対応も説明した。しかし、実際に飛行機に乗る前1週間はものすごく心配のようで、毎日外来にいらしていた。ご主人は仕事で帰国に付き添えないため、丸1日がかりを全くの一人で帰路につくことになるのである。結局のところ無事に帰国され、数ヶ月後に「母子ともに元気で無事出産した」という手紙を頂いた。専門家であった両親の占いがはずれたことになるが、両親は複雑な喜びだったであろう。