PGS正常胚で妊娠したお子さんの9歳までの追跡調査 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、PGS正常胚で妊娠したお子さんの9歳までの追跡調査についての報告です。

 

Hum Reprod 2018; 33: 147(オランダ)doi: 10.1093/humrep/dex337

要約:2001〜2003年に体外受精あるいは顕微授精を実施した408名を対象に、PGS実施群(206名)と非実施群(202名)にランダムに分け、出産したお子さん(それぞれ59名、85名)を9歳まで追跡調査しました。なお、PGS実施群にはday 3での割球を摘出してPGSを行いました。また、神経学的評価としてTouwenテストを、認知機能評価にWechsler Abbreviatedスケールと3種類のIQテストを、行動評価にChild Behaviorチェックリストを用いました。PGS実施群と非実施群の間に、神経学的、認知行動的な評価に有意差を認めませんでした。

 

解説:体外受精の成績は想像よりも低く、その最大の理由は受精卵の染色体異常にあると考えられています。晩婚化、晩産化により、実際に妊娠を目指す年齢が上昇していることで、卵子の老化現象に直面せざるを得ないのが現状です。PGSは染色体が正常な胚を選別することで、妊娠率を上げ流産率を下げることになり、妊娠までの時間短縮を図るツールとして期待されています。しかし、PGSを実施した胚での妊娠が、出産したお子さんの発達にどのような影響を与えるかについてはほとんど何もわかっていません。本論文は、PGS正常胚で妊娠したお子さんの9歳までの追跡調査を実施したところ、神経学的、認知行動的な問題点は認められなかったことを示しています。細胞採取の際には、胚へのダメージが間違いなく生じますので、このような研究は非常に重要です。

 

2006年に、初期胚(分割胚)でのPGSは、妊娠率を増加させるどころか、かえって減少させることが報告されたため、2008年に米国生殖医学会(ASRM)は初期胚のPGSの推奨を取りやめました。しかし、現在でもなお、初期胚のPGSが行われています。これは、なかなか胚盤胞にならない方がおられるため、必ずしも全ての施設で胚盤胞の細胞採取の技術をマスターできていないためと考えられます。しかし、何のメリットもない初期胚のPGSを行うのはいかがなものかと思います。