男性不妊では顕微授精がベストなのか:紙面上バトル | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

今月の紙面上バトルは、男性不妊における顕微授精についてです。

 

Fertil Steril 2024; 121: 563(米国、オーストラリア)doi: 10.1016/j.fertnstert.2024.02.025

Fertil Steril 2024; 121: 562(米国)コメント doi: 10.1016/j.fertnstert.2024.02.026

要約:男性不妊における顕微授精(ICSI)について、賛成派7名と反対派1名の意見を伺いました。

 

賛成派:顕微授精は、重度乏精子症、精子無力症、奇形精子症など、体外授精では受精できない男性不妊の治療法であり、不妊治療に革命をもたらしました。先体反応獲得、中心体機能制御、ゲノムおよびエピゲノム修飾、PICSIやIMSIによる精子選別、DNA断片化検査、マイクロ流体精子選択(ZyMotなど)、ヒストン含有量評価、PGTなど新しい技術との併用も可能です。現在、ART治療(体外受精、顕微授精)における顕微授精の割合は70〜80%にもおよびます。初めて顕微授精が行われた1992年以来500万人以上のお子さんが誕生しており、さまざまな研究から、顕微授精の安全性は揺るぎないものとなってきました。顕微授精で生まれたお子さんも正常な生殖能力を持っていることが証明され、父親と息子の精液所見に相関関係がないことが示されています。

 

反対派:1992年パレルモが初めて顕微授精による出産を報告してから32年、顕微授精は重症の男性不妊に有効であることが示されています。最近では男性因子でない不妊治療にも顕微授精がしばしば行われますが、この場合の顕微授精のメリットは証明されていません。むしろ顕微授精は、治療費用の増加や胚へのダメージなどの不利益があります。最近の研究では、顕微授精で妊娠した女児で肥満の増加、男児で精子形成障害の可能性を示唆する報告があります。DNA損傷において特に脆弱な精子ゲノムの領域は、双極性障害、自閉症、突発性統合失調症との関連が考えられます。全ての疑念が解けるまでは、顕微授精を最終手段として、重度の男性不妊症の場合にのみ使用することが賢明ではないかと思います。なお、精巣精子はDNA損傷が非常に低いため、受精後の新規遺伝子変異が少ないと考えられています。

 

コメントでは、賛成派は顕微授精の安全性の向上に意欲的ですが、反対派は子孫への影響を懸念材料としています。短期的な結果のみならず長期的な視点に立って、今後の研究が必要であるとしています。

 

解説:「男性不妊では顕微授精がベストなのか」という命題であるにもかかわらず、反対派は男性因子でない不妊治療における顕微授精に対する懸念を述べています。これでは議論が噛み合いません。しかも、反対派はわずか1人です。「紙面上バトル」誌上初めての失敗作ではないかと思います。