高杉晋作が入ってきて
松陰の私塾も賑やかになってきました。

また伊藤利助の初登場。
「30年後、初代総理大臣になる男なのだ。」
何も二度アナウンスしなくても・・・
何かの意図があるのだろうか?
劇団ひとりが30年後、本当に総理大臣になってたりして(現代ならあり得るから怖い)。

ところで高杉晋作。
彼の話は前回もしておりますが、
非常に重要な人物であるため今回はその続きをしようと思います。
特に彼の人物像を作った彼の家柄と身分について、あくまで私の見解を述べますね。

高杉家の祖先についての見解は二説あり

まずその①
安芸国分郡守護 武田元繁が毛利元就と戦って討死し
その子孫が、そののち元就に許されて家臣になります。
備後国三谷郡高杉の高杉城城主となり、
関ヶ原の後、長州萩に住んだという説。
ちなみにこの武田元繁という人の家(安芸武田家)は、
武田信玄で有名な甲斐武田家の本家筋にあたります。


その②
安芸国高田郡にある高杉山城城主であったという説。

どちらにしろ名門であるには違いないです。

そして晋作の父、小忠太は大組士(代官クラス)という
長州藩士の中で上から数えて63番目の位をもらっており給料は200石。
諸説さまざまありますが今の金額に換算すると2000万!

単純にお金持ちだと思われますが
江戸時代は現代から見ると不思議でしかない制度が実はあります。

家臣は自分たちの身の回りの世話をする家来を持つことが決められていました。
家来が家来を雇うわけですが
200石だと10人(男性5人女性5人)と決められており
貰った給料200石から、その家来へ給料を支払わなくてはなりません。
単純に男性5人で9石。女性5人で5.5石の出費となります。

そしてもう一つの制度。
百姓にお金を支払う(返すと言った方が正解に近いです)ことが必要です。
よく江戸時代は五公五民とか四公六民とか言いますよね。
一旦全部渡して、それから返還されるため
たとえば幕末期で考えると、四公六民が適応されているので
六民分ひかなくてはなりませんから
200石の6/10である120石は、民に還されます。
よって実収入は80石。

さらに儀式儀礼やおつきあいなど
身分が高くなればなるほどさまざまな支出が増えます。

それに追い打ちをかけるかのように殆どの藩では(長州藩を含む)、
御馳走米という
「藩主から給料をもらっているから、
藩主に対し‘ありがとうございます‘の気持ちをこめ
どうぞこれで好きなものを召し上がってください」
という名目での藩の逼迫財政補てん制度があります。

それがいくらだったのかはわかりませんが一割と仮定します。
200石の一割ですから20石天引き><

これを全部単純計算すれば
200-9-5.5-120-20=45.5石
現代にして455万円の収入なんですよ!!
上級武士といえど分が悪い職業ですよね。
だから、余計に「上級武士」という身分それ自体にしがみつく気持ちが分かるような気がします。
(高杉家は田畑からの副収入もありますが、それがいくらかわからないため今回は考えません。)

高杉はワガママボンボンと一般的には言われていますが
ここから考えると、そこまでワガママし放題にしていたとは考えずらい。

後に長州藩に内緒で公金から14億円相当の
軍艦を買った話から出ている作り話だと私は思います。

それよりも自分の出身が良い事と
上級武士であることに対するプライドが高いと解釈する方があっている気がします。

また松陰私塾への入塾の件ですが
ドラマでは松陰がわざと怒らせたような感じの描かれ方をしていますが
実は久坂玄瑞が誘ったというのが通説。

松陰は、学問で久坂に勝てないとプライドの高い高杉本人に話すことで
更に勉強に励ませるという作戦をとり
後に久坂・高杉で松下村塾の双璧と呼ばれるまでに優秀な逸材となり
維新に繋がる人材へとなってゆくのであります。


さて来週もたくさんの塾生の方が入ってきて
たぶん松下村塾という名前が出てくるであろうと思います。
来週も期待しましょう。