雑草という草はない | 高橋大輔選手と共に momokikuのブログ

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うちの庭にポツンと咲いていたこの見慣れない植物。

 

これはいったい何?と調べたら「ヤブラン」とありました。日本全国の山野の藪影に自生する植物で珍しいものではなさそうですが、庭にポツンとあるとなかなか可愛らしくて綺麗です。実際園芸種としても販売されていて公園などにも木陰のグランドカバーとして植栽されているのだそうな。

 

 

この花、和名はヤブランですが、学名はリリオペ(Liriope muscari)

ギリシャ神話に出てくる美しき泉の女神、ナルシスの母の名前に因んで名づけられたそう。

 

 

この春はうちの庭に咲く水仙にLUXEの大ちゃんの姿を重ねては悦に入ってたんすが、なんとお母さんもそこにいらしたのね~🌼

よくぞナルシスを生んでくださいました!!

 

 

知らぬ間に咲いていた花に思わぬギリシャ神話つながりを発見して以来、こんな小さな野草でもとてつもなく愛おしく想えるんだから、まあ我ながら相当なお花畑ファンです。

 

 

ネットで「お花畑」っていえば現実を直視せず夢想的で、周りの空気読めないおめでたい人みたいなイメージで使われますが、我が家のお花畑は生死をかけた勢力争いが繰り広げられている熾烈な世界です。

地上の世界がこんなにきれいでも、地下では根と言う根が少しでも自分の陣地を増やそうと互いにけん制し合いながら、栄養をもとめて上に下にと勝手に伸びていきます。そしてあとから生えてきた若輩ものを次々と枯れさせます。

 

植物たちは自然の大いなるサイクルの中で共存共栄してるように見えますが、生存競争に負けて消えていく種も多々あります。植物にとって生き残る事こそが価値なのです。

 

人の手を加えなければ最後に生き残るのは真に強いものだけ。

しかも雑草と言われて嫌われる植物に限って強いのはいったいなぜなんでしょうねえ。

 

しかし江戸時代までは雑草という概念がなかったんだそうです。

 

「雑草という草はない、どんな植物でも、みな名前があって、それぞれ自分の好きな場所で生を営んでいる」

 

植物学者でもあられた昭和天皇のお言葉です。雑草に喩えられていますが、根底には人に対する深い深い想いが込められているように思えます。

 

 

 

それぞれが名を持ってそれぞれの場所で生きている。人の都合で無用と決めつけてはいけない。

お言葉の通りです。

 

今朝の散歩中、山沿いの道で同じ花が咲いているのを見つけました。どうやらこの辺りからうちの庭にやってきたみたい。

たしかに今まではただの草だったのが、リリオペという名を知ってから私にとってこの子は特別な花になりました。

 

そしてまた他の存在を尊重し、そのあり様を推し量ることができるのも人間ならではの力ではないでしょうか。

 

名づけるのも花姿からストーリーを夢想するのも人間、弱者を守り大切に育てることが出来るのも人間です。

 

 

しかし昨今に限ったことではないのかもしれませんが、最近の報道やネットに飛びかう言葉のやりとりを見ていると、他者を記号としか思ってないんじゃないか?と危惧するような事態が頻繁に起こってます。

他者との識別がアイコンや、無機質なIDだったりするのがいけないのでしょうか?

 

他者を思いやれない行為行動がかえって賞賛されていたりするのを見ると暗澹たる気持ちになってしまうのです。

 

勝ち抜くことが最上最善とされる価値観の中ではほとんどの花は死に絶えます。同じように開花できずに終わる才能もあるでしょう。

 

正直、私もテレビ東京の「Japan Open 名場面総選挙」の企画に関しては違和感を抱いた一人です。

当初のセレクトに関してはおそらくスケート、特にJOに対してこれまで関わりが薄かった企画担当者がろくに精査せずに挙げたのかもしれません。

皆さんご指摘の通り、大輔さんについては明らかな表記ミスがありましたし、Japan Openと銘打ちながら今年も出場予定の現世界王者の宇野昌磨選手や北京五輪金メダリストのネイサン・チェンを選択肢から外すという不可解なラインナップでした。

 

しかも一人で何度も投票可能、つまり組織票が成り立つのではまったく選挙の意味がありません。

 

これじゃあ誰も得をしないし、もし1位に選ばれたとしても素直に喜べないのが普通です。しかし局内でこの企画が通ったということはやはりなんらかの利益があるからこそなんでしょうね。

 

テレビ東京フィギュアスケートの3月のツイートにこうあります。

 

○「企画の種」とは?○ <ゴールは人気番組化>を掲げ、テレ東若手社員たちが渾身の「企画案=企画の種」を配信していく企画。 今後も継続的に様々な“種”をお届けします!

 

人気番組作りを目指して出した渾身の案の一つが「Japan Open 名場面総選挙」という当初の企画なのですから、本当ならこれでいきたかったはずです。一部ファンががそれを受容できるか否かは別として出せる結果には自信があったのでしょう。

 

「人気」を「数字」で示す必要があるテレビ局ですから、いささか作為的であっても上げなければならない実績ってものがあります。1位の動画の反響が大きかったらスポンサーからの理解も得られ、これからもスケートの放映を続けられると・・・まあ意図を好意的に解釈すればですが。

 

でも結果はご覧の通りです。多くのファンの反発を買い、企画は仕切り直しとなりました。

 

 

 

最初からこういう形にしておけば一層楽しみが増したでしょうにね。一度抱かれた不信感を払しょくするのはなかなか苦労なことです。

 

 

人気というのは人の心を掴むこと そのためには何を大切にするべきか?

 

企画の場ではそれを当たり前のことのように考えて実行してきました。が、大切にすべき根底の価値観がずれていたら成功するわけがありませんよね。

 

 

まあ結果改めていただいたし、アイドル総選挙だのお笑いだのランキング形式に慣れ親しんでいた社員が急に企画を振られて失敗した可能性もあるわけで、だとしたらあまり責めるのも気の毒だと傍観に徹するつもりでした。そもそもテレビ東京は長野では放映されてませんし、動画で見せてくださるってだけでもありがたいなと思います。

 

ただ私が一番気になったのはそのことではないのです。

 

テレビ東京フィギュアスケートアカウントが意見を寄せた一人一人に個別のリプライをされているのを見ました。その作業は深夜に及び、私が見たのはたしか夜中の12時過ぎ。

その数は90件くらいでしたが、皆コピーペーストで同じ文面でした。ただし文頭に相手のIDを入れたところに機械作業ではない誠意を見せたかったんだと思います。

それでもどんなコメントに対しても同じ文面が延々と並ぶさまはかなり異様で、不気味にすら思いました。

 

この深夜労働に対してちゃんと手当が支払われているのか?と心配になりましたし、精神的な疲労感が伝わってくるようでこちらまで暗い気分になりました。

 

誰に対しても同じ文面を繰り返すくらいなら、ちゃんと公に謝罪文を出すだけでいいのに。中には自分の言葉がないがしろにされたと感じる人もいるんじゃないですかね?これでは逆効果だと思いました。もっともこの担当者さんは慇懃無礼という言葉を知らない世代かもしれません。もともと人の心の動きについて理解が浅いのかもしれません。

 

もしかしたら適材適所の人員配置ができてないのではないかとテレビ東京に対して余計な危惧すら抱いてしまいましたよ。まあそれだけ世の中余裕がなくなったし、少ない人数で多くの仕事をこなさねばならず、頭がパンパンなのはいずこも同じです。

 

担当者のフィギュアに対する見識不足がこの炎上を招いたというのは私の勝手な推論ですが、

 

自らが雑草扱いされていたら、他者の名前など尊重するはずもなく

 

ただただ縄張り争いに日々を費やしていたら相手を思いやれるわけがない

 

 

今は距離感が薄れ、企画一つでもそんな現場の姿が透けてしまうわけで、発信者はもっと注意を払うべきです。

 

江戸時代の人たちはどんな植物も有用と考えて、材料や薬として活かす知識を持ってました。個性や特性を見極めて、性質の合う場所に植えるすべを心得ていました。

 

誰もが人の心を掴める花にはなれないにせよ、せめてそれぞれが自分の好きな場所で生を営めるよう導くのが周囲や上に立つ世代の務めではないでしょうか?

 

そしてもし、好きな場所で活き活きと花を咲かせている人たちがいたら、それを社会全体で後押しするような風潮にするのもテレビ局の大事な務めだと考えます。

 

花は一つではつまらない。いろんな種類の花があるからお花畑にみんなが寄ってくるんです。そんな魅力ある企画をこれからも期待しています。

 

 

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