おはようございますニコニコ
7月10日ですニコニコ

7月も3分の1終わりましたね!
6月からこちら、怒涛のような毎日で飛ぶように日が過ぎていきます。

もうすぐ夏休み…びっくりびっくりびっくり

娘の中学入学にあたり、色々な不安や心配がありましたが、娘は楽しく毎日を過ごしています。

娘が不登校で、私自身も心身の調子を崩して薄暗い部屋のなかにいるように感じていた数ヶ月前を振り返ると、娘が中学生活を楽しんでいることと、自分自身も健康でいられることに、この上ない喜びを感じます。


本本本本本
さて、今朝の記事は、タイトル通り今さらながらなのですが、3月の彩ふ読書会のレポです爆笑

実は参加した日に途中まで書いていて、そのあと気持ちが落ちたことから書けず、ストックに入ったままでした。

読書会レポは自分の思い出のためと、参加できなかった方に雰囲気が伝わったら嬉しいなと、いつもかなり熱を入れて書いています。

結構パワーがいるので、パワーが落ちた時期には書けず…ぼけー
『キッチン』は思い入れのある作品なので、パワー回復してから書きたいなと思っていたのですが、今更やな、と…ガーン


今日、今更ながらも更新するのは、7月から彩ふ読書会LINEが東京・名古屋・大阪と分けてではなく、合同で使用されるようになり、各ブカツにも地域関係なく参加できるようになったからですキラキラキラキラ

私が参加する大阪発信のブカツに東京の方が入部され、書くなら今!!と思い、レポを投下させていただきます爆笑爆笑爆笑


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前回は京都に参加させていただき、大阪会場のオックスフォードに入るの自体も久しぶりで、「そうそう、この空気感…ビックリマークビックリマーク」となりました。


午前の部から参加したのですが、まずは午後の部のレポートから書きたいと思います。
今回の課題本は、よしもとばななさん『キッチン』でした。

『キッチン』は過去に記事にしています。
『キッチン』は、私にとって特別な作品で、20代の前半を支えてくれた存在です。

繰り返し読みすぎて、私の人生の一部のようになっていて、作品として客観的に評価できなくなっています。

今回、参加者の皆さまから語られる言葉が楽しみでした爆笑


音符音符音符音符音符
A〜Cの3テーブルに分かれて話します。

私はCテーブルでお一人キャンセルの方が出たので、男性1人、女性5人の計6人でした。

司会の方から順に自己紹介をしていき、感じたことを順に話していきます。


詩的だと思う表現が多くあった

高校か中学以来で再読したが、瑞々しい文章だと感じ、ほろ苦い思い出や若い頃の恥ずかしさを思い出した。

句点が多い文章だと思った。

雄一が男らしくない、情けない。

登場人物たちが無色透明な印象で、作品を読むと「綺麗な川」をイメージする。

いい意味で頑張っていない感じがする。

流れに逆らうのではなく受けとめて、その流れに自分をのせていく感じで、料理教室の場面で乱れた。その乱れた感じが続いていたら嫌だと思ったと思う。

「生と死」が穏やかに描かれている。

「死」をどう受け止めるかということが描かれていた。
雄一の母が亡くなり、パイナップルを持ち帰るシーンがあるが、男のひとと女のひとで死に直面したときの受け止め方が違うんだと感じた。

初めて読んだが、大きなエピソードがあるというよりは淡々と進んでいく。そこが心に響いた。
キッチンで洗い物をしているシーンで「置き去りにされた」という表現が響いてきた。


私は再読して感じたことを話しました。
主人公・みかげは唯一の肉親である祖母を亡くし、今まで交流がなかった田辺家に身を寄せることになります。
男性ですが“お母さん”のえり子と息子・雄一が2人で暮らす田辺家。

まだ若いみかげが暮らすようになるのは、ある意味、歪な形だと言えます。

私は同時期読んでいた江國香織さんの『きらきらひかる』と重なるものを感じるのですが、ひとは歪に見える形でバランスをとることでしか生きていけないこともあるのかな、と感じました。

23歳の時、看護師を辞めて退寮した私は、自分の居場所を探して、一時期祖父母の家に身を寄せていたことがあります。

その時期、『キッチン』は心の拠り所のようになっていました。

不登校は、“繭籠り”と表現されますが、田辺家は、みかげにとって繭に包まれた状態だったのだと思います。

その繭からみかげが羽ばたいていく様子に、先が見えない自分を重ね、「きっと、大丈夫」と自分に言い聞かせていました。


本本本本本
カツ丼が『キッチン2』では生きる象徴のように描かれるのですが、このカツ丼を巡り思わぬ話になりました。

カツ丼を届けるのはやりすぎというか、自分だったら「いらんし、欲しかったら自分で買って食べるし、って思う」

確かに、急に押しかけてカツ丼を渡すという行為だけを見るとそうなるよなあ、と思います。

生きるためのパワーを届けるため、という前提を覆すご意見…ビックリマークビックリマークびっくりびっくりびっくり

「年齢が上がるごとに、自分のなかの“他人に入って欲しくないエリアができる」というご意見に、なるほどなあ、と思いました。

確かに『キッチン』は心の柔らかい部分に触れる交流が描かれていて、20代の時に読んだので何の違和感も覚えませんでしたし、自分自身が「何も言わなくてもわかってくれる」存在を求めていたため、『キッチン』の世界観は私の心を温めるものでした。

でも今の年齢が初読だったら、その関わりは密接すぎる、と感じたかもしれません。


そして、
そもそも、丼って食べます?論。
女子的には丼って食べないのでしょうか??
食べるなら何丼かのような丼話で話が盛り上がって、「キッチン」から話が脱線…笑い泣き笑い泣き笑い泣き


丼話の盛り上がりにより、他のテーブルの方々に、「なんの爆笑…??」と思われていたようです。

テーブルでの話が終わったあとは全体発表として各テーブルごとに出た話題を代表が話すのですが、丼話は全体をざわつかせましたニヒヒ

詳しくは、先日彩読ラジオをご一緒したひじきさんのブログをご覧ください。
詳しく書いておられるので、ひじきさんのテーブルとの比較も面白いと思います。


『キッチン』からこの展開になるとは…。
課題本形式は、同じ本を読んでいてもそれぞれ感じることが違うということを教えてくれ、新たな視点を与えてくれるな、と改めて思いました。


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丼話で盛り上がったため、話しきれなかった再読して感じたことを以下にまとめたいと思います。


雄一は幼い時に母を亡くし、父親が「えり子」という名前を名乗って女性になるという複雑な家庭環境で育っています。
「あの子ね、かかりっきりで育ててないからいろいろ手落ちがあるのよ」
「情緒もめちゃくちゃだし、人間関係にも妙にクールでね、いろいろとちゃんとしてないけど……やさしい子にしたくてね、そこだけは必死に育てたの。あの子は、やさしい子なのよ。」

雄一は他のひととはずれている部分があります。
でも、優しい。
私も親としてちゃんと娘を育てられているのかと思うことがあります。でも、優しい子に育ってほしいというのが願いなので、えり子さんの言葉に共感しました。


田辺家に身を寄せていることを心配したみかげの昔の恋人と会うシーンも自分に重ね合わせました。
この子だったらきっとーー私は横顔を見ながら考えた。きっと、ばりばり私をひっぱり回して新しいアパートを決めさせたり、学校に引っぱり出したりしたんだろう。
 それ、その健全さがとても好きで、あこがれで、それにとってもついていけない自分をいやになりそうだったのだ。昔は。
 彼は大家族の長男で、彼が家からなんの気なしに持ってくるなにか明るいものが、私をとてもあたためたのだ。
 でも私はどうしてもーー今、私に必要なのはあの田辺家の妙な明るさ、安らぎーーで、そのことを彼に説明できるようには思えなかった。別に、する必要もなかったけれど、彼と会うといつもそうだった。自分が自分であることがもの悲しくなるのだ。

私も元気がないとき、周りの人が眩しく感じて自分が嫌になりそうな時期がありました。
みかげの気持ちに共感を覚えました。
歪でないと生きられない時もある、というのはこの部分を読んで感じました。

歪な自分でも居場所を与えてくれる存在があるというのは、安心感があり、自分を偽らなくていいという安堵感を感じます。


他に、バスのなかで孫が祖母にわがままを言うのを見かけたみかげが、亡くなった祖母を思い出し涙が溢れてくるバスのエピソードが印象的です。
おばあさんの言葉があまりにやさしげで、笑ったその子があんまり急にかわいく見えて、私はうらやましかった。私には二度とない……。

父の死を経験して、私も大切なひとを失う気持ちを味わいました。

この歳になって、父の死も覚悟していたのに、実際に父が亡くなってみると喪失感を覚え、自分を支えてくれる柱のようなものが一本なくなってしまったように感じました。
今いる存在は、いつどんな形で失われるかわからないので、常日頃から愛情を伝えることの大切さを感じるようになりました。


なにが悲しいのでもなく、私はいろんなことにただ涙したかった気がした。

心が疲れすぎると、泣くことさえできなくなります。
泣いたことでずいぶん軽くなった経験が私にもあります。
涙には浄化作用があって、泣くことが必要な時もあると思います。


天に身をまかせるというか、「大きな流れ」みたいなのがあって、それに身を任せるしかないときもあると思います。
ただ、嵐が通り過ぎるのを待つしかないときが。

この3年3ヶ月の間は本当にその感覚でした。
抗い続けたものの、なんともできないことを感じ、受け入れるしかないんだな、と思いました。

そうしていると、奇跡のような出来事が起こることがあります。

『キッチン』ではそれが夢のなかでみかげが雄一と黄緑色の床を磨くシーンだと思います。

昏さのなかにある明るさ。
眩しい太陽ではなく、月の光に照らされるような明るさ。
よしもとばななさんの作品からうける印象で、それを一番表現しているのが『キッチン』のような気がします。

文章的な上手い下手や、ストーリー展開の巧みさは、後に出す作品の方が優れていくのかもしれませんが、最初に世に出す作品というのは、その作家さんのエッセンスが凝縮されていて、特別なもののような気がします。


読書会で『キッチン』を課題本に取り上げていただいて、様々な考え方を知ることができて、『キッチン』はまた特別な作品になりましたほっこり


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午前の部の推し本形式読書会もA〜Cテーブルに分かれて開催されました。
私が参加したAテーブルの推し本です。


主催者のののさんの推し本。
最近のののさん、絵本もよく読まれているようです。
意外とのののさんと同テーブルになることが少なくて、新鮮でした!
5歳の男の子が自分のルーツを辿る物語です。
仏教では自分は自分だけの存在ではなく、祖先から繋がってきた縁により存在するという法話をよく聴きますが、それを彷彿させる絵本でした。
販売業の方からの推し本。
コミュニケーションが上手な方で、ビジネス書・自己啓発書部でご一緒しているのですが、お仕事に繋がる本のご紹介でした。
「聴く」ではなく、「聞く」なんだなあ、と今更ながら思いました。
また読んでみたいと思います。
バッタを倒しにアフリカへ…?!タイトルからして惹かれる一冊。
アフリカに研究をしに行っても、研究者はみなアフリカの過酷な環境に根をあげて早々に引き上げてしまいます。
そんななか、バッタ愛から現地に溶け込み、現地の方にアフリカでの名前まで授けられた著者。
バッタに齧られたいから緑の服を着るという発想…。(残念ながら齧られず)
気になる一冊です!
『コンビニ人間』も近いうちに読みたい一冊です。
紹介者の方の、「普通の生活」は、“同調圧力”を感じるという言葉に、この時期娘の不登校で色々感じていたので共感しました。
自分の世界で生きるのは大変なことだ、という言葉も印象的で、ますます読みたくなりました。
私が持っていった一冊です。
LGBTの話にも発展して、その時観たばかりだった「彼らが本気で編むときは」を紹介しました。



推し本形式読書会は、参加者の方それぞれの個性が際立ち、知らない世界に巡り会わせてくれるもので、課題本形式とはまた違う魅力があります。

これからもどんな世界を教えてもらえるのか楽しみですニコニコ


本本本本本
実は課題本形式のときに東京サポーターさんも旅行がてら参加されていたのですが、帰りを急いでいたので、お話することが叶わず…。

でも今回、冒頭に書いたように東京、名古屋の方ともLINE上で交流ができるようになったので、これからが楽しみだなあ、と思いますニコニコ音譜音譜

今月28日名古屋読書会に参戦キラキラキラキラを控えているので、楽しみですキラキラキラキラ

お会いしたかった方も、お仕事の関係上参加できないとのことだったのが、参加していただけることに…キラキラキラキラキラキラ

言ってみるもんだ〜!!と狂喜乱舞していますラブラブ!ラブラブ!ラブラブ!


読書会自体への参加がこの3月の読書会以来なので、純粋に読書会も楽しみですラブラブラブラブ

名古屋読書会に向けて、体調管理を頑張りたいと思いますキラキラキラキラ


今日も仕事で、18連勤13日目ビックリマークビックリマーク
3分の2終わりました!!
明日はバイト先の夜診だけで小休止できるので、
ちょっと一息ですニコニコ

ブログを書きながら夫と父の蔵書の話になりました。
私から話を振ったわけではなく、夫の方から「最近寝る前に携帯を触るのをやめて、代わりにお父さんの本を読んでいるんだけどさ…」と話してきました。

昨日書道で父のことを思い返したのもそうなのですが、お盆も近いし、父が近くにきているのかな?
そんなことを思った朝でした。


優しい気持ちで、ゆったりとした1日を過ごしたいと思います。

それでは、またキラキラキラキラ