『物語の始まりを探してる』

異母兄が奈良で消息を絶った。私は兄の彼女に誘われるままに、一緒に失踪した彼を探す旅に出る。
旅が進むにつれて、次々と明らかになる事実。
その旅の行き着く先は――


研吾という異母兄を持つ静は、表に出る事が苦手で、常に主役ではなく脇役に徹しているような女性だった。
しかし、彼を探す旅に誘われ、何度も止めたいと思いながらも、奈良の歴史ある名所や寺院を巡るコースを散策すると、これまでの兄との冷淡とも思える関係を深く再考する良い機会が与えられたと考えるようになっていった。

伝統と趣ある風情溢れる、古より続く奈良・明日香(飛鳥)の地。
その静かなる雄大な歴史と、死者が埋葬され多くの霊魂が宿る古墳に囲まれた死の匂いが漂うその土地は、安らぎを与えると共に、彼女らに複雑な思いを想起させた。


そんな古の都を訪れる人々は、何を思い、何を感じ、どのような観照に浸るのか、、、
人との出会い、関係、恋人、喪失、思慕、記憶、親子、、、

その旅は誰を探す旅なのか。誰が主役で誰が脇役の旅なのか。
それぞれの決別と決意を知る旅は、普段は目立たない、まひるに臨む月を追いかけているような空虚な道程なのかも知れなかった。
しかし、その旅が求めているものは陰為らず存在し、常に月のように遠くから静かに見守り続けてくれている優しく穏やかな光を、彼らに温もりと共に与えてくれることを望んでいた――


恩田作品といえば、圧倒的な読書量の著者が紡ぐ物語は誰もが魅力的に感じるのだが、稀に終盤の着地点に首を傾げる人もいるというのは事実。
この作品においては、序盤部を読んでいた段階では物語に不安感が先行し、何処か「禁じられた楽園」と重なるイメージを受けていたのだが、途中から事実が徐々に明るみになっていくにつれ、やはり全く別の物語であると考え直していた。
お伽話という童話が深く関わるストーリィ展開は、二転三転するミステリ要素も強く、主題となるテーマを探ることが中々に難しかった。著者により見事に煙に撒かれているかのような印象だったのだが、最後の着地点は見事に納まっていたと感じる。

『自分の考えていること、自分が感じていることは、大部分が自分の中で形にはなっていない』


まひるの月を追いかけて (文春文庫 お 42-1)/恩田 陸

¥620
Amazon.co.jp/楽天



tag: