2003年春、日本の株式市場は壊滅的に売り込まれ、破綻寸前まで追い詰められていた。
そこに、”代行返上”による更なる売り圧力懸念が拡がり、千載一遇の好機とばかりに売り仕掛けで儲けを画策する外資系ヘッジファンドが日本市場に狙いを定めた。
年金基金関係者は、代行返上に伴い年金管理の杜撰さを痛感し途方に暮れ、企業と社員との板挟みに苦悩する。


年金問題が表面化しているこの時期に、年金問題に関わる経済小説を読んだ。
著者は、米系銀行・証券会社を経て作家として活躍しているらしく、金融の世界を舞台にした作品を多数執筆しているので安心感を感じ手に取った。

物語の舞台は、2003年春の日本株式市場の低迷期で、狂乱のバブルが弾け壊滅的な打撃を受けていた頃に、更なる売り圧力として”代行返上”という年金基金からの換金売りが問題化していた時期。

その問題を市場への甚大な脅威として声高に主張してきた信託銀行年金運用部の河野は、広く一般や年金運用関係者達に年金に対する諸問題・対処法を知らせるべく、強い責務を感じていた。
その想いに日々奔走しながらも、杜撰な年金管理体制による企業年金基金・厚生労働省の悲痛な現状や、投機的に市場へ介入する外資、上辺だけの浅い知識で先を見据えず日和見な対応を繰り返す官僚達、など年金に関わる人々の役割を肌で感じ、その中で最善の努力を尽くそうと邁進していた。

主要人物は、日本市場を健全かつ理想的に保たれた環境として必死に守ろうと努力するその男と、日本という国を嫌悪し、幻想を頑なに信じ怠慢と現実に気付こうとしないこの国を暴落させようと目論む男。
その二人の周りに、それぞれの立場から職務を全うする人々が存在し、仕事での辛く苦しい作業と共に、互いに私的な人間味ある悩みにも苛まれながら、各々の未来への道を切り開こうと努力する。


本書は、年金問題に対し少しでも勉強しておきたいと考える意識を持つ人にとっては、物語の中から知識を学べる良いテキストとなるかも知れないが、そのような意識が少ない場合、年金に関する説明などが小難しく冗長に感じられるだろう。

年金システムは日本が成長期だった頃の長期金利5.5%という前提の基に策定している制度なので、現在の低金利時代においては、もはや破綻しているシステムと言える。
しかも、会計制度が薄価会計から時価会計へと変更(欧米に倣った会計制度の変更は時代に即した合理的な変更)されたことで、年金基金の積立不足が負債として計上されることとなり、企業収益の見通しが市場の上下に直に影響を受けてしまうなど、問題がある。
更に、杜撰なデータ管理体制が招く問題は深刻で、これは無知と怠慢が招いた悲劇とも思える。

そのような数々の年金問題に対し、冷静な知識を持ち、しっかりと健全な資産運用を担えるように、多くの人々が学ばなければならない、ということを本書は訴え、年金に携わる人々のそれぞれの視点を通して、根深い矛盾や、立場の違いから生じる軋轢など、実社会と相違ない問題意識を読者に提言している。

何も知らされていないし、何も知ろうという努力もしていない、関心が低い、マスコミの偏った情報を鵜呑みにする他人任せという人は、将来後悔することになるかも知れない。自分の身は充分な知識を蓄え、自分で守らなければならない、という著者からの強いメッセージが込められているこの物語は読者に何を与えるのか。


本書は小学館文庫ということで、探すのにかなり苦労した。
著者の同文庫他著作が講談社文庫から再刊されているので、暫くしたら、講談社文庫から刊行される可能性もあるかも知れないが、本書は時期的に今が良いと判断した。

普段、経済小説などあまり読まないが、著者自身の経験から描かれた小説は、金融問題や経済学の初歩的な勉強にもなるだろうし、また、知識を学びつつ読み物としても機能していると思うので、今後も機会があれば読んでいきたい。

『いつの時代も、愚かなるかな日本人、ってとこだね。いい気味さ』


代行返上〔文庫版〕 (小学館文庫)/幸田 真音

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