夢見る黄金地球儀
海堂 尊 東京創元社 ¥672 (文庫: 2009/10/30)

1988年、桜宮市に舞い込んだ「ふるさと創生一億円」は、迷走の末『黄金地球儀』となった。四半世紀の後、投げやりに水族館に転がされたその地球儀を強奪せんとする不届き者が現れわる。物理学者の夢をあきらめ家業の町工場を手伝う俺と、8年ぶりに現われた悪友・ガラスのジョー。二転三転する計画の行方は? 新世紀ベストセラー作家による、爽快なジェットコースター・ノベル。

桜宮市が水族館に設置した「黄金地球儀」を、町工場を営む平沼家がなんだかんだで守衛する事態となり、平沼平介は苦渋の決断でその契約に応じざるを得なかった。だが、人騒がせな悪友・久光穣治(ガラスのジョー)の「ジハード・ダイハード」という合言葉により、てんやわんやと逆に「黄金地球儀」強奪計画を実行する羽目になる……。そんなどたばたした経緯に右往左往する展開が、軽快なコメディとして本書では描かれている。

海堂作品といえば桜宮サーガと呼ばれる一連の作品群(「チーム・バチスタの栄光」→「ナイチンゲールの沈黙」「ジェネラル・ルージュの凱旋」→「螺鈿迷宮」→「イノセント・ゲリラの祝祭」……)が有名だが、本書はその医療ミステリの系譜から外れる、桜宮市という舞台背景を活用したエンターテインメント・クライムノベルとなる。

金品などを強奪するコンゲーム(詐欺)では警察と犯罪者が相争うのが通例かもしれないが、海堂作品においては常のように権力側との騒動が批判的に表現される。物語はコメディ路線でありながらも、理不尽かつ詐欺紛いに既得権益を牛耳る側への辛辣な主張が往々に紛れ、強奪作戦実行を促す強い原動力となっている。

しかし、奇想天外な装置を製作する技術力だけはある町工場を営む平沼家が、桜宮市役人や人騒がせでお気楽なガラスのジョーに振り回される展開は、ただ空騒ぎを繰り返しているだけに過ぎず、特に見所もない喜劇のままで終始してしまう。
本作はあくまで著者が手掛ける作品のジャンルを広げる役割を担う、凡庸な娯楽小説でしかない。過去作の主要人物が登場する点が、桜宮サーガとしての繋がりを匂わせ(以後の活躍が垣間見れる)、読者の関心を満たす程度の作品ともいえる。

次々と災難に翻弄される本作は、田口・白鳥シリーズのような洗練されたユーモアというよりも、稚拙さを感じさせる三流コメディとして残念ながら映ってしまう。そのエンターテイメント性に満足出来るなら良いが、本作は著者が息抜きで執筆した作品であり(「死因不明社会」同時執筆)、メインとなる医療ミステリとは一線を画す作風だということを事前に意識しておく必要が少なからずある。
平易な軽快さを特に求めない読者であれば、医療問題に対する主張も無い本作は、特に手に取る必要性は感じられないだろう。そんな苦言をはっきり断言してしまうとは……本書に期待する読者に向けて、苦渋の決断でこう告げておく。「ジハード・ダイハード(聖戦に死ね)」


『お前はまだ自分の中の黄金郷に留まって、夢見る眠りに浸っている』