<先週、醍醐渡辺クリニックの渡辺先生がお話しされていましたが、受精卵は、男性の精子の染色体23『本』と女性の卵子の染色体23『本』が合わさって、46本、つまり23『対』の染色体になります。つまり受精卵の中の染色体の半分は精子から来たもの、女性の体からすると自分の細胞とは異なるわけです。例えば、生体肝移植や腎移植、これは親兄弟から移植されることも多いのですが、親兄弟からもらう臓器でも、移植すればすごい拒絶反応が待っています。つまり自分の細胞と少しでも違う細胞が入ってくると、それを異物、または敵とみなして、体は排除しようとするのです。そこで子宮には、この半分自分で半分自分ではないものを引き受けるためのシステムが備わっています。卵子提供、つまり卵子さえも他人のものを使えば、この受精卵は完全に他人の細胞です。これさえも子宮は受け入れてくれるわけです。子宮って本当にすごい臓器です。>

 

「今話した内容を解説するだけで、本当は2時間は欲しいほどです。とりあえず、今まで『体外受精』という言葉が、これまでの放送で何度も出てきました。これは精子と卵子を外で受精させ、受精卵をある程度まで培養して、子宮に戻す方法です。つまり生きた受精卵を子宮に戻して、これを胚移植と言いますが、こうなるとあとは妊娠を待つだけ、の状態なのですから、鍼灸を行いつつ、妊娠率が通常より高ければ、鍼灸によって子宮は妊娠しやすくなる、ということが言えます。が、この移植する受精卵にもいろいろあって、一番困るのは、渡辺先生も仰っていた受精卵の染色体異常です。先ほどお話しした23対、つまり46本の染色体の数が違っていたりすると、妊娠しなかったり、流産を起こしたりします。また受精卵にはグレードというものがあって、見た目良いものと、イマイチなものがあります。だから鍼灸で着床率が上がる、といっても、その受精卵の状態をもっと細かく調べておかないと、正しいことは言えません。最近、着床前診断といって、子宮に戻す前に、受精卵に染色体の数に異常がないのか、検査することが可能となってきました。いろんな議論はあるものの、とりあえずこの検査で合格した受精卵は、染色体の数は正常なのですから、妊娠しやすい受精卵だと言えます。この受精卵を移植する時に、鍼灸、当院では、それにスーパーライザーというレーザーのようなものを同時に使用するのですが、それを行なっていると、現在、45回の移植で36回が妊娠に至りました。確率で言えば80%です。これは通常、医療施設で出される妊娠率より高いわけです。逆に言えば、このやり方で妊娠しなければ、それは受精卵に問題がある可能性が非常に高いと言えます。検証のための数はまだまだ少ないですが、着床率が高くなるなら何故なのか、根拠を知りたいと思いました。

 

 そんな時に、医師向けの専門誌である『産科と婦人科11月号』で『鍼による着床改善』というお題で論文を書いてくださいと依頼が来ました。これは本当に悩みました。その話が来た時、鍼灸で受精卵が着床しやすくなる理由を、医師向けの雑誌で発表するような、つまり日本中の専門医に読んでもらえるような切り口が見えていなかったからです。ですが、こういう機会を千載一遇といいます。鍼灸師が、医師の雑誌で論文を書くなど、一生に一度あるかないかの機会です。あるお医者さんに『産科と婦人科に論文が載るんです』と申し上げたら、『それはすごい』と言って下さいました。それくらいの本です。ですので毎日毎晩、様々な関連書物、論文に当たって、『鍼灸が着床の手助けになるのか』片っぱしから調べて、その根拠となるような医学的事実の断片をできるだけ集めました。

 そうしたら、やっと道筋が見えてきました。一筋の光が刺すとは、このことです。目の前がぱーっとひらけたような気持ちでした。私たちは、血液検査も細胞を取り出してみることもできません。が、医師や研究者が過去に出した論文やデータが、その代わりをしてくれるというわけです。推察推論の域をでないまでも、筋だけは通しておこうと、ひとつのストーリーを作り上げました。ここで大切なのは、その根拠にふさわしいデータが必要だということです。そして、11月にとうとうその論文が掲載されました。難しい内容でもチャレンジしてみようと思われる方は、買って読んでみてください。今回は東京大学医学部の大須賀先生というかたが監修され、日本中のすごい執筆陣に混じって私の名前が入っていますので、誇らしいようなこそばいような、妙な気分です。

 

話はそれますが、当院の待合には、小難しい書物がいっぱいあります。これは以前、スタッフルームに置いてあったのですが、増えすぎて収納しきれなくなり、待合の一角を、書物が占拠するに至っています。たまに患者さんが『すごい読書量ですね』と言われますが、決して全部読んでいるわけではありません。何か調べたいと思った時に、それから本を探していては遅いので、興味があるものをかたっぱしからざっくりと読んで、または中身を見て蓄積していく、つまり『マイプチ図書館』なわけです。日頃の好奇心探究心を満たすために揃えているわけです。ですが今回の執筆依頼など、依頼されてから文献を探していたのでは、当然、間に合わなかったでしょう。そしてこの内容は、先日大阪で行われた日本レーザーリプロダクション学会で説明させていただきました。ある人は、『中村先生の発表は人が増えますね』と言ってくださいました。初めて医師の学会で発表したとき、私の番になると、人が少なくなったのを覚えています。その逆が起こっているとしたら、本当に嬉しいことです。また『中村先生の発表は、鍼灸師離れしている』と言われました。お医者さん、胚培養士さんらが主な学会で、皆さんに理解してもらうためには、鍼灸師という枠にとらわれていてはいけません。問題は、鍼灸というものをいかに西洋医学の専門家たちに、彼らの言葉でとことん説明できるか、です。実際に、久しぶりにお会いしたドクターも来てくださっていました。」