S side
「・・・松本?」
「・・・・・・」
「なぁ、どうした?」
やめて下さいと言ったっきり、松本は返事もせず俯いている。
それでも、俺の服だけは離さずギュッと掴んだままで。
その松本の肩が上下し始めたのを不審に思い、その顔を覗き込むと
「・・・はぁはぁ・・・はぁっ・・・」
「・・・っ!」
頬を赤らめた松本の呼吸が速くなるのと同時に
辺りに甘い香りが馨しいほど漂った。
・・・ヒートが始まっていた。
それも、今まで知る中で一番強く激しく。
「とにかく薬を・・・、どこにある?早く飲め・・・」
「やだ・・・っ、いやだいやだ・・・!!」
薬は持って来ているのか、すぐに飲ませなくては手遅れになると松本のスーツのポケットを探そうとする俺に、縋るように松本は抱きつき、俺の胸元に顔を埋めて頭を左右に振る。
「何が嫌なんだ、早くしないと辛くなるのはお前だろ・・・」
「いやだ、嫌だよっ!僕以外と・・・はぁはぁ、誰にも・・・触れない・・・で、あっ・・・はぁ・・・いやだ・・・」
「松本・・・」
ポロポロと涙を流し、松本は上目遣いでいじらしいほど必死に訴える。
どうしたんだよ、松本。
ヒート状態でおかしくなってるんだろうか。
こんなのまるで・・・
まるで俺を・・・?
いや、そんなはずはない。
松本ははっきりと二宮さんがいいんだと、彼と結婚したいと言い切ったんだ。
でもそれじゃあ
この松本の言動は一体・・・
「あーあ、こりゃやべえな翔君。」
智君が珍しく神妙な面持ちで俺の後ろから顔を出し、松本を見つめる。
「やべえ?やべえってなんだよ、ヒート状態が酷くなると意識が混乱でもするのか?」
「まあ、そんなようなもんかな。」
「脳がショート起こしてるとか、ややこしい話じゃねぇよな?」
「ややこしくはない、極めてシンプルだ。しかし、重症だな。」
「何だよ、重症って!勿体ぶらずに言えよ。」
「 これはな・・・」
「ああ」
俺は緊張し、ゴクリと息を飲んだ。
重症の理由によったら、婚約者の二宮さんに来て貰ったほうがいいのかもしれない。
その際はちゃんと、松本は何も知らされずこの場に呼ばれた事、彼に疚しい気持ちなどなく、全てこちらの落ち度だときちんと状況説明をする必要があるな。
それからどこか大きな病院へ搬送する手配もしてやって・・・そうだ、抑制剤を処方してくれた友人の病院なら急な入院が必要でも対応してくれるはずだ・・・
「翔君にヤキモチ妬いてんだ。」
「は?」
「わかんない?嫉妬だよ、ジェラシー。」
「いや、それはわかるけど・・・って、は?俺に嫉妬?意味わかんねぇよ。」
「翔君て本当にそういうの疎いのな・・・。いちから説明しなきゃわかんねぇとか面倒くせぇけど仕方ないか。・・・あ、でもちょっとタンマ。こいつらどうにかしなきゃ、さすがにウザってぇわ。」
そう言って智君は、松本の香りに誘われ、いつの間にか俺達を取り囲んでいたα達に視線をやり、対峙する。
その数、20人は優に越えていた。
こんなに大勢の奴らが松本を欲し、モノにしようとしている・・・。
呼吸を乱しフェロモンを撒き散らす松本を、俺は隠すように抱きしめた。
誰にも松本は渡さない。
誰にも触れさせない。
俺の中でまた、血が熱く沸き立つ。
松本を巡って一触即発の中
俺が威嚇を放とうとしたその時
キーンと耳鳴りのような高い音が脳内に鳴り響き、まるで金縛りにあったように指一本動かす事が出来なくなる。
唯一動かせる眼球だけで、周りを探れば
他の奴らも俺同様動きを止めていた。
ただ一人、身体を青白い炎のようなオーラに包み、この現象を引き起こしている智君を除いては。
「ここは俺の縄張りだ、縛りを解いたらすぐに散れ。去らぬ者は俺に楯突く者と見なす。」
ビリビリと空気を振動させながら、智君から発せられた言詞は、彼がこの場を、いや全αを統べるにふさわしい器なのだと否が応でも認識させられる気高さと脅威を含んでいた。
智君がパチンと指を鳴らすと縛りは解かれ
皆怯えながら、平伏すように頭を垂れて一斉に散って行った。
本気を出した智君に、歯向かうなんて愚かな行為を、誰一人するはずも無く
「翔君の心配性が当たっちまったな、悪ぃ。
とりあえずこれでこの場は大丈夫だ。」
こちらを振り向いた途端に、先程の一際光彩を放つ眩いばかりのオーラは消え失せ、いつも通り柔らかな雰囲気を携えた智君の、心地よい声色が響く。
こうして、幼なじみとして俺に見せる気楽な智君に、会社での冷静沈着で辣腕な社長室長としての顔、更にαの頂点に君臨する覇者としての風柄を見せる姿。
様々な顔を持ち、それを造作なく切り替え操る様をまざまざと目の前で見せつけられ、智君の能力の高さと力量に圧巻される。
智君には、到底叶わない。
だけどそれがこれ程頼もしく、誇らしく思える事が、俺には一段と嬉しい。
「・・・社長・・・はぁ、・・・おねが・・・いし・・・ます」
ほっとしたのも束の間
俺の胸に身を任せていた松本が、足元から崩れ落ちる。
「松本っ」
慌てて膝を折り、松本を抱きとめると
「お願い・・・、誰とも・・・番にならない・・・で、僕の居場所を・・はぁあっ・・・無くさないで・・・っ!」
そう言って松本は俺の頬に手を這わせると、意識を手放した。
18時の人、復活(`•∀•´)✧