S side
「翔君、こっち。寝室まで松本運んでやれよ。」
「・・・ああ。」
あれから
意識を失った松本を抱き抱え、智君と番活会場を後にした。
松本のマンションの場所のみならず彼の部屋番号まで何故か把握している智君は、勝手な事はやめろと止める俺の事など無視をして、松本のビジネスバッグから部屋の鍵を取り出し解錠した。
プライベートな空間に、いくら上司とは言え他人に入られるなんて有り得ないだろうと躊躇したが、緊急事態の今、このまま松本を抱いている訳にもいかないかと智君に素直に従う事にした。
「松本すげぇ汗かいてるな。翔君、そこのクローゼットの中に着替えとタオル、入ってるんじゃねぇか?探してやれよ。俺はキッチンで何か飲み物探してくる。」
智君は寝室から出ていった。
寝室のベットに松本を横たわらせる。
まだ目を閉じたままの松本を見れば、はぁはぁと息を荒らげ、ヒートで身体に熱が篭っているのか、額も首元も汗に濡れている。
松本のネクタイを緩め、シャツのボタンを数個外すと、俺の理性が吹っ飛びそうな程の強い香りが部屋に充満した。
頬をピシピシと叩いて正気を保ちながら
ふと、枕元に綺麗に畳まれ置かれているブランケットが目に入る。
・・・ん?
以前松本が俺の仮眠用に用意してくれていた物によく似ている。
上品なラベンダー色のそれは、あれきり社長室では見なくなっていた。それ以降は俺も仮眠を取ることもなかったから、さほど気にしていなかったが、ここにあると言うことは松本の私物だったのだろうか。
俺の体調の変化を見逃すこと無く、労わってくれた松本。
まだ最近の出来事だと言うのに、あの日の事を懐かしく思い出しながら、寝室のクローゼットの扉を開く。
「タオルはこれか、あとは着替えと・・・うわっ!」
ガサガサとクローゼットの中を探っていると
備え付けの棚の上に置いてあったショッパーバックが、頭上から落ちてきた。
「どうした?!」
俺の間が抜けた叫び声で、ペットボトルの水を持った智君が慌てて駆け付ける。
「いや、何でもない。俺が触って散らかしたみたい」
辺りに散らばった袋の中身を集め片付けようとすると
「・・・これって」
どれも俺にとったら見覚えのある物ばかりで。
勢いのある若き社長特集で俺が取材されたビジネス雑誌をはじめ
俺の名刺
急な雨に降られてスーツを濡らしていた松本に
返さなくていいと渡した俺のハンカチに
俺と松本の二人、支社視察の帰りに立ち寄った都外レストランの使用済みの割り箸。
俺がよく利用するコーヒーショップのテイクアウト用のコーヒーカップは、飲み口の蓋が空いていて、飲み終えた俺が松本に捨てておくよう渡した物だとすぐにわかった。
雑誌や名刺はともかく、どうしてこんなゴミみたいな物まで取ってあるのか・・・
「ネスティングだな。※1」
智君は、特に驚く訳でもなくサラリと応えた。
「ネスティング・・・」
「さっき俺が言った、松本がヤキモチ焼いてる訳もこれでよくわかったろ。見てみろよ、あれ。あのブランケットにも翔君の匂いがついてるんじゃねえのか?」
智君の視線の先、先程見つけたラベンダー色のブランケットに松本は顔を埋め、抱き締めていた。
「翔君が松本を意識するずっと前から、あいつは翔君を好きだったのかもしれないな。」
「あいつが俺を・・・」
「いじらしいじゃねぇか、こんな隠すようにネスティングしてるなんてな。」
ネスティングするほど、松本が、俺を・・・?
「意識は失ってるけど、目を覚ましたらまだヒート状態は治まっていないはずだ。
松本の理性が本能に隠れているうちに、お互いの本心でぶつかり合ってみたらいいんじゃないか。翔君・・・松本の結婚を前に、残された時間は僅かだぞ。」
智君は俺にペットボトルを手渡すと、静かに松本の部屋から出て行った。
甘い期待に昂まる鼓動と逸る思い。
タオルを手にベットに腰掛け、松本の汗を丁寧に拭ってやると
「・・・ん、はぁ、・・・しゃ・・・ちょ・・・」
意識を取り戻し、視界に俺を捉えた松本が
嬉しそうにニコリと微笑んだ。
「暑いだろ、これ離せよ。」
「これはだめっ!大切なの・・・、はぁはぁ・・・僕のだから、取らないでっ・・・」
ブランケットを取り上げようとした俺に
松本はムキになって抵抗した。
お前って奴は、そんなに・・・
一体いつから?
「松本は、俺が好きなの?」
髪を撫でてやりながら、松本を見つめる。
こんな問い掛けするなんて、自信過剰のナルシストもいいところだけど、聞かずにいられなかった。
「すき・・・大好き、ずっと・・・はぁはぁ・・・」
「どうして言わなかったんだ。」
「だって、僕には・・・カズが・・・・でも、社長が・・・恋しくて・・・、ダメなのに・・・」
甘い香りで俺を誘いながら、松本は涙を流す。
気持ちと理性がせめぎ合い、自分でもどうしていいのか分からなくなっているように見える。
「そんなに・・・俺が好きか?」
「・・・すき、・・・愛して・・・る、社長は・・・はぁ、僕の運命の・・・人・・・、たった・・・一人の・・・番だから」
俺に向かって手を差し伸べる松本を、どうしようもない愛しさと一緒に搔き抱きながら
俺の脳内はスパークし、ラット状態に変化するのを感じた。
もう誰にも止められない。
俺達は、運命の番なのだから。