J side




『君さ、松本って言ったっけ?』

『はい、そうですが・・・』

『来月から社長秘書やって貰うから、そのつもりで準備しといて。』

『えっ?!あの』

『営業部長と松本の直属の上司には後で俺から話しとくから。』

『いや、え?急に・・・どうして私なのでしょうか・・・』



営業部に所属になって3年が経った頃

エレベーターですれ違いざま

その人は僕に事も無げに、突拍子も無い事を告げた。



『大丈夫、社長は厳しいけど真面目な奴には優しいし、誠実な人だよ。』

『そうではなくてっ、秘書なんて私に出来るかどうか・・・』



今まで秘書経験なんて当然なく

やっと営業職にも慣れてきた頃なのに



『松本なら、間違いなく優秀な秘書になれるよ。それも社長にとったら特別のな。』

『私なんてそう言っていただけるだけの経験もないですし、何処にそんな根拠が・・』

『根拠か・・・、俺の野生の勘と社長が面喰いだって事かな。』

『や、野生の勘・・・』



いくらこの人が、入社以来猛スピードで出世を遂げている人物で、社長の右腕として社長のみならず、皆の信頼も得ていると言われている人物だとしても、勘で僕なんかを秘書に抜擢するなんて理解する事も、受け入れる事もできなかった。



『そんな不安そうな顔すんなよ。案ずるより産むが易しだ。とにかく来月から宜しくな!』

『えっ、そんな・・・大野室長!』



エレベーターホールに僕は取り残されたまま

大野室長を乗せたエレベーターは上の階へと行ってしまった。



『嘘でしょ・・・』



暫く呆然と立ち尽くした。

きっと何か悪い冗談だ。

そんな急でおかしな人事が通る訳がない。



揶揄われたんだ、きっと。

そう思う事にした。





でも、嘘じゃなかった。

有言実行な大野室長は、僕がその後の用事を済ませ自分のデスクへ戻った頃には既に、上司に異動の話を通していて、トントン拍子に翌月から僕は、社長秘書として勤務する事になった。









-異動初日




『本日より社長秘書として勤務する事になりました、松本潤です。宜しくお願い致します。』



社長と直接お会いするのは勿論初めてで、顔を見た事も社内報でチラリと数回見かけた程度。


若くから社長に就任し仕事はやり手、爽やかな風貌で社外社内問わず人気な方だとは聞いていたけど



『ああ、宜しく。これから色々頼むね、松本君。』



そう言って微笑んだ社長を見た瞬間

ドクンと心臓が強く脈打った。



どうしてだろう

社長と面と向かって会うのは初めてなのに

ずっと前から知っていたような、不思議な感覚になるのは。



何故だろう

さっきからずっと社長を見る度

胸がこんなにときめくのは。




その日、社長と出会ってから

僕の中で何かが少しずつ変わって行ったんだ。