J side
Ωになってからの僕にも、例外なく定期的に訪れるようになったヒート。
早い方がいいからとカズに言われ、予定日少し前から抑制剤を飲んで、症状を抑えるようにしていた。
『潤君、Ωに変異した事は家族以外の誰にも言わないでね。』
『でも、このまま会社でも隠し続けるなんて出来るかな・・・』
『下手にバラすと、いつタチの悪いαが嗅ぎつけてくるかわからない。ここは隠し通す方が得策だと思う。抑制剤はこれからも購入歴でバレないよう俺が用意するし、βに戻れるよう創薬の研究にももっと打ち込むから。お願い、俺の言うこと聞いて。』
『・・・うん、わかった。』
嘘の嫌いな社長の事が脳裏を掠め、一瞬躊躇ったけど、頷く僕を見て、僕よりずっと不安そうにしていたカズが、ホッとした顔を見せた。
・・・ごめんね、いつも心配ばかり掛けて。
カズは母さんの事があってから、前よりずっと僕を気にかけ見守ってくれている。
そんなカズのお願いなら、誰にも気づかれないようにしないと。
そう決めて、家族以外の誰にも
Ωになった事は打ち明けなかった。
カズからプロポーズされた時は、大好きなカズと結婚出来る事を素直に嬉しいとも思ったし、これでカズの心が休まるなら・・・そう思った。
ずっとカズが僕の事で、気を張り巡らしていたのを感じていたから。
母さんの事を知るカズだから
変異した当事者の僕より実は、不安だったのかもしれない。
優しいカズ
同い年なのに、僕のお兄ちゃんみたいなカズ
僕が傷つかないよう、悲しまないよう
いつも先手先手で動いてくれていたカズ
そんなカズが僕は、大好きなんだよ?
だけど、それとは別に
日に日に増して行く社長への想い。
いけない事だってわかってる
行動しなくても、想うだけでもカズへの裏切りになるのかもしれない。
それでもこの気持ちは
どうしたって抑えられなかった。
社長は僕の事を、よく気が付くって褒めてくれた。社長の体調の変化、求める事にいち早く対応してくれると感心してくれたけど
そんなの当たり前なんだ。
だって、僕はそれ程
社長を見つめていたんだから。
社長のどんな面も、どんな事だって
見逃したくなくて
あなたをそっと見つめていた。
αの上位で社長のあなたと
Ωへと変異した秘書の僕
身分違いで相手にされる筈がない
叶う訳ない恋だって思ってた。
僕には婚約者のカズだっている
僕だけをずっと愛してくれる彼を悲しませ
別れるなんて出来るはずもなくて
何か行動を起こすつもりも
社長とどうにかなる気だって、僕にはさらさらなかった。
『確認だけど・・・結婚しても仕事は続けてくれるんだよな?』
『良かった。松本に辞められると俺、困るからさ。』
だからこそ、そんな社長の言葉が嬉しかった。
秘書としてでもいい、僕を必要としてくれている事に、隣に居ていいんだって安堵した。
『・・松本みたいな奴と結婚できるなんて、婚約者は幸せだよな。』
『お祝い、何が欲しいか考えといて。遠慮すんなよ?めでたい事なんだからさ。』
結婚出来るカズは幸せで、僕の結婚をおめでたい事だと言ってくれた社長。
落胆したような気持ちになった自分が、本当は何を望んでいるのか・・・それ以上を決して欲してはいけないと、この時は戒めた。
秘書として社長の傍にいたかった。
恋人や番としてじゃなくても
当たり前の顔して社長の隣にいられる
誰にも譲れない僕の大切な居場所
決して告げることなく
ひっそりと思い続けるだけなら
それで充分・・・。
そう思っていた。