J side
知能が高いだけじゃなく、勘の鋭いカズは
この頃の僕の気持ちの変化と、何が起こっていたのかを、口に出さないだけで気付いていたと思う。
出張から帰った日
約束通りカズの部屋へ行った。
なるべく普通に
いつも通りに・・・そうするつもりでいたのに
社長との昨夜の出来事と
抑えきれなくなっている想い
カズへの罪悪感から震えそうになる手に力を込め、泣き出しそうになる自分を
泣いちゃダメだ、僕には泣く資格なんてないって必死に耐えた。
いつもみたいに
『仕事お疲れ様。』
って僕を抱き寄せようとする優しいカズから
『・・・っ待って、シャワー浴びなきゃ』
反射的に逃げようとした。
昨夜していた事へのやましい気持ちと
社長に触れられた跡を誰かに上書きされるのを
身体が拒否していた。
『潤くんは・・・』
『え?』
『・・・何でもない。湯船にも浸かってゆっくり入っておいでよ。』
一瞬、凍りついたような表情を浮かべたカズが
ふっと笑って僕に背を向けた時
嘘を突き通すのが下手な自分に腹が立ち
きっと何か察しているはずなのに
疑う事も責める事もしないカズに、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
会社にいきなりやって来たカズを見た時
やっぱりカズは全て気付いていたんだと確信した。
社長を挑発し、試すかのようにあの日の事を探るカズの口調に、社長に迷惑を掛けてしまわないかと内心、気が気じゃなかった。
そんな心配なんて必要なく、冷静な対応で、難なく切り抜けた社長はさすがだった。
『社長、そろそろ・・・』
『ああ・・・。じゃあ私はこれで。』
大野室長に促され、紳士的な笑みを浮かべた社長がその場を後にした。
大事にならず良かった・・・
安心して胸を撫で下ろしそう思ったのに、あの夜の事が社長の中でなかった事かの様にされたのが寂しく感じる、身勝手で欲深い僕もいて
『この後どこかでご飯食べて帰ろうか』
何処かホッとした顔で嬉しそうに笑うカズが僕の手を握り、そう誘っているのに
『うん・・・。ごめん、ちょっと待ってて』
少しだけ・・・
未練たらしく、櫻井社長の後を慌てて追いかけた。
『社長、お引止めしてすいませんでした。ありがとうございました。』
そう言って頭を下げた僕に
『ああ、じゃあな。』
この後、大野室長と予定がある社長は、振り向くことなく去って行った。
社長から目を離す事など到底出来ず、秘書と言う立場を利用して、僕はそのまま暫く、僕から遠ざかる愛おしいその背中を見つめていた。
社長、行ってらっしゃいませ。
どうか飲み過ぎず・・・、ですがいつも我が社を背負う重圧と責任で緊張の絶えない社長が、幼なじみの大野室長と束の間のリラックスした楽しい時間を過ごしてくださいますように。
少しだけでいい、ほんの少しだけ
そんな時間に、僕の事も思い出して貰えたら・・・
なんて、一度寝たくらいで厚かましい考えを持つ自分に呆れる。
時に気のある様に揶揄われる事はあったけど、社長から見たら僕は、Ωに突然変異した気の毒な秘書若しくは、良く言っても社員を大切にする社長に認められた部下の一人に過ぎないと言うのに。
『 カズ、お待たせ。お腹すいちゃったね、どこ行く?』
社長の姿が見えなくなるまで見送ると
僕は待たせていたカズの元へと駆け寄った。
ごめんね、カズ・・・
ずっと支えてくれたカズを幸せにしてあげたいって、カズが大切な気持ちに嘘はないのに
こんなにも、いとも容易く社長の一挙一動に心乱される僕。
それをわかってて黙って受入れてくれてるカズに普通に接する事が出来なくて
わざとらしいくらい明るく振舞った。
ちゃんとわかっているから
カズが僕を待ってくれている事も
カズの隣にこうして戻ってくるべきだって事も
それをカズが望んでいるって事も。
僕と同じくらい、ううん、それよりもっと
不自然におどけるカズに胸が痛くなった。
社長とは、心の中で距離を取ろう。
秘書として仕える事に気持ちを集中しよう。
そう決めていたのに
疲れて眠った社長に、そっと掛けたブランケット。
僕の膝枕で安心したようにスウスウと眠る社長に、内心あの時は、心臓が飛び出てしまうんじゃないかと思う程、ドキドキしていた。
そのまま何度、唇を重ねてしまいたくなる衝動を堪えた事か・・・深い眠りに堕ちた頃を見計らって社長から離れた時には、僕の身体は緊張とときめきから少し汗ばんでいた。
ブランケットを片付けようと畳んだ時、微かに社長の香りがふっと鼻先を掠めた。
咄嗟にそれを身体に纏わせると、まるで社長に包まれているようで・・・
瞬間、身体が熱くなったのを感じた。
ヒートの熱には到底及ばないけど
甘く痺れるような火照り。
僕には、この社長の香りのついたブランケットがどうしても手放せず、こっそり持ち帰る事にして、社長室には代わりの物を新調した。
元々このブランケットは僕の私物で、買い物に出掛けた時に社長の仮眠用にいいかもって購入し、勝手に社長室に持ち込んでいた物だった。
気付けばそれ以外にも社長の物は僕の部屋に増えていて、大半はクローゼットに纏めて隠した。
無意識に以前から収集していたんだ。
これがΩのネスティングなんだと分かった時には、僕の社長への想いは本物なんだって
だけど、どうする事も出来ない自分に、置かれた現状に切なくて苦しくて、泣きながら笑っていた。
この想いをこんな風に抱えて生きて行くしかないって、諦めのような決意のような覚悟を決めた。
それからもブランケットだけは枕元に置いて、カズに会って抱かれて来た日も社長を思い出し、堪らず自慰行為に耽るふしだ らな自分がいた。
社長の香りなんてもう付いていないのに
そのブランケットが僕にとっては、結ばれる事などない社長の代わりのようになっていた。
そんな僕の気持ちを社長は知るかのように
僕を避け始めた。
悲しい
寂しい
怖い
結婚を控えてる癖に勝手な事を思ってるのはわかってる。
理性では自分がどうかしてるのも知ってる。
なのに
傍に居たい
離れたくない
強く望んでしまう。
それでもカズの為にも何とか気持ちを抑え
秘書として立場を考え徹しているつもりだった
だけど
異業種交流会で社長に触れ
誘うような事を言う綺麗な女性を見た時
強い嫉妬に駆られた。
他のαに穢されそうになった既のところで社長に助けられ
『どうする?二宮さんに連絡するか?・・・送って行くよ。』
『社長しか・・・助けられないの、僕をっ、社長が・・・抱いて・・・ください、はぁはぁ・・・っお願い・・・』
自分の意志で社長に抱かれたいと、心の底から思った。
好きな人に抱かれる行為に感じ、悦び
めちゃくちゃに乱れながら
同時にカズの事も忘れてはいけない
今はヒートだから仕方ないんだって
通用しない言い訳を、免罪符のように心に持っていた。
快楽と罪悪感
理性と本能のせめぎ合い
幸せなのか不幸せなのか
社長と身体を繋げると
両極端な想いに揺さぶられ心が壊れそうになった。
カズを見捨てる事は出来ない
社長をいくら好きでも、僕はカズと結婚するんだ。その意志だけは強く持とうと心に銘じていた。
僕の知らない所で新しい秘書を雇う計画が立てられ、社長が番を見つける為に番活に参加していると知った時
更に他の人と親しげにする姿を目にして
僕の居場所を奪わないで
社長を誰にも取られたくない
そんな感情に埋め尽くされた。
異業種交流会でも番活でも、そのどちらも予定になかった、予測もしなかった時期のヒートを僕は発症した。
僕の社長を求める心の叫びが
僕の身体に直結して
そっちに行っちゃダメだって必死に止める、もう一人の僕の制止を振り払って
『だって、僕には・・・カズが・・・・でも、社長が・・・恋しくて・・・、ダメなのに・・・』
『・・・すき、・・・愛して・・・る、社長は・・・はぁ、僕の運命の・・・人・・・、たった・・・一人の・・・番だから』
もう自分でもどうしたらいいのかわからず、ただ社長への愛しさとカズへの贖罪に涙を流しながら、好きで好きでどうにかなりそうな社長へと、手を伸ばしていた。
※まだ覚えていてくれてますか?|´-`)チラッ
更新遅くなりました。
コメントお返事等、全然出来てなくてごめんね。
しばらく無理かもー(´;ω;`)
それでもいいよって方、コメントしてってください
(そんな方いるんだろうか・・・)