S side




「カズ・・・、ごめんなさ・・・いっ」

「・・・っ!」



意識を手放す直前、松本が掠れた声で

放った言葉が俺の耳に届く。






『ごめん・・・なさいっ、真一さん

ごめんなさい・・・奥様、坊ちゃん・・・っ』



瞬間、松本と京香さんが重なって見えて

フラッシュバックのように

頭の中で過去の記憶が流れ出した。




『私の恋人だった人・・・、ずっと傍にいてくれたのに・・・真一さんに謝りたい・・・っ、全部、私のせいで・・・』



恋人がいたのに、αの親父に引き離され

いつも彼への恋しさか、それとも罪悪感からか

京香さんは泣いて謝ってばかりいた。


涙を流しながらも匂い立つ程の色香と、柔らかな声音。しっとりとした大人の女性の美しさを持つ彼女。


親父の愛人だってわかっていたのに

俺の心は彼女に奪われていた。



俺の、初恋の人だった。



連れて来られた屋敷の離れから

遥か彼方に想いを馳せるかのように

切なげな瞳で、外の景色をぼんやりと見ていた姿が今でも忘れられない。


きっと恋人だった真一さんの事を忘れられず

恋しがっていたんだろう。




儚くて幸せからは程遠く見えた彼女を

俺が救ってやりたいと思った

苦しみや悲しみから遠ざけてやりたいと願った


だけど、まだ中学生で非力だった俺は

なすすべも無くて。



離れで過ごすうちに京香さんは

痩せ細り、悲嘆し続けたせいか病に侵され

早くに命を失った。



 結局、会いたがっていた真一さんに会わせてあげる事も出来なかった。



αだからって京香さんの自由を奪い

自分勝手に振舞った親父を憎み軽蔑した。




俺なら

αだからってこんな事しない。


自分の欲の為に

相手を苦しめるような事は絶対しない。


好きだから

相手の幸せを一番に願ってやりたい・・・

それが愛ってもんだろ。



そう俺は、あの時心に決めたんだ。




もう少し・・・深く噛む筈だった松本のうなじから

口を離し、気を失っている松本の中から自 身を引き抜く。

彼の閉じられた瞳の縁に薄ら滲む、涙を親指で拭った。



京香さんと同じ様に・・・いや、それ以上に

お前の泣き顔も涙も、俺にはどうしようもなく

守ってやりたくなって、胸が痛いよ。




「潤、愛してる・・・」




松本の頬を優しく撫で

その柔らかな唇にキスをすると

何故だかふっと、泣きそうな笑みが俺から溢れた。