J side





翌日


デートに待ち合わせた場所は社長室で。

少しだけ片付けてしまいたい仕事があると言う社長に、それなら仕事が終わるまで待っていますからと、社長と二人で数時間の休日出勤になった。


とにかく忙しくされていたここ数日の社長だけど、普段も付き合いや接待で、休日だからといって丸一日休まれる事は殆どなく。

それなのに何故このタイミングで

急にデートを切り出してきたのか。

少し疑問に感じたけど、それより嬉しい気持ちが勝っていた僕は、この日をただ心待ちにしていた。




「悪い、待たせた。

俺はもう出れるけど、松本は?」

「私は大丈夫です。社長に合わせられます。」

「じゃあ行こうか。」



こんな日ですら社内では、いつもみたいに社長と秘書として会話してしまうのが僕達らしくて可笑しくて。

お互いに顔を見合わせてクスッと笑った。





「本日は何処にエスコートしましょうか。」



社長の運転する左ハンドルの車の助手席に僕が乗り込むと、そのクッキリした二重の大きな瞳で僕を見つめ、途端に甘い雰囲気を社長は漂わせる。



「・・・・・・」

「潤?どうした?」

「あっ、いえ・・・//



惚けたように社長に見とれていた僕は

名前を呼ばれ、我に返る。



まだデートは始まったばかりなのに

今日は一体どれだけ、社長に夢中にさせられるんだろう。

今でも怖いくらい、こんなにもあなたに心奪われていると言うのに。



「えっと、

まずは寄って欲しい場所があって・・・」

「いいよ、仰せのままに。

何処でも潤の行きたい所へ連れてくよ。」



社長は右手で僕の手を優しく握ると、車を走らせた。







「本当に、ここでいいの?」

「はい。社長が迷惑でなければ。」

「迷惑な訳ないけど・・・他に行きたいとこ、なかったの?」

「ここに来たかったんです。これ、冷蔵庫に入れさせて貰っていいですか?」

「ああ、いいけど・・・」



社長のマンションの部屋に上がり

途中で寄って貰ったスーパーで購入した食材を冷蔵庫に片付ける。


思った通り冷蔵庫の中はガランとしていて生活感がなく、酒類やミネラルウォーター以外 

殆ど入っていなかった。


忙しくて、料理なんてしてられないのはわかるけど、いつも何を召し上がっているんだろう。

やっぱり、今日の行き先をここにして正解だった。



背後で戸惑いつつ、手持無沙汰にしている社長に振り返り、僕はニッコリ言った。



「じゃあ社長。

まずは、ゆっくりお休みください。」

「は?休めって・・・・・」

「ゆったりしたお家デートもいいじゃないですか。いつも忙しい社長と、のんびりと過ごしたいんです。それに、全然休まれてないんじゃないですか?社長が近くで休んで下さる事が、僕にとってはどこかへ行くデートよりずっと嬉しいんです。」



竜也さんの話を聞いて

最近の社長の多忙さを近くで見てきて

今日は、社長を休ませてあげたかった。


竜也さんが言ってくれたみたいに、僕の傍でリラックス出来るのであれば尚更。

想像以上に今日の社長は疲労の色が隠せてなくて



「時間を都合して潤の好きな所へ連れていきたかったのに・・・。休息に消えるなんて本末転倒だな。」



社長は苦笑いするけど

社長の近くに居られたらそれだけで

僕は本当に幸せなんだから。



「外へのデートは、またいつかお願いします。」



気にする社長にそう告げると

社長は一瞬、瞳を揺らし



「そうだな、また・・・いつか。」



僕から視線を外すと、呟くように答えた。



「・・・?」



何処と無く社長に違和感を覚えたけど

きっと疲れているんだって

ますますしっかり休んでいただこうって

この時の僕は思った。








「社長がお休みの間、キッチンをお借りして、何か作っておきます。目が覚めたら一緒に食べましょう。では社長、ごゆっくり。」



せっかく潤がいるのに、寝室でガッツリ寝るのは嫌だ、せめてリビングのソファで眠ると社長は言い張って。

ソファで横になった社長に、声を掛けキッチンへ向かおうとすると、社長が僕の手を引き、僕はソファで横になる社長の上に重なるように倒れ込んだ。



「・・・っ社長?」

「今日は、社長って呼ぶなよ。」

「え?」

「・・・お家デートでも何でも、せっかくのデートなんだ。名前で呼んでよ。」

「・・・翔・・・さん、ですか?」

「もう一回、ちゃんと。」

「翔さん。」

「うん、いいね。」



翔さんは満足そうに頷いて、僕を後ろから抱え込み、うなじに顔を埋めると



「潤・・・」

「・・・どうかされました?」



僕の名前を呼んだまま、黙りこんだ翔さんは

その後も何も答えず

暫くすると、すぅすぅと規則正しい寝息を立てていた。



起こさないよう、そっとその腕の中からする抜け、翔さんを近くで見つめる。


安心したように眠る、その寝顔が愛しい。



・・・思い返してみると翔さんは、十分に眠れていない事が多かった。

勿論社長として、他の社員には気付かれない様に振舞っていたけど、ずっと彼を見ていた僕だけは気付いてた。

秘書として仕え、社長としてのあなたの事は、すっかりわかったつもりでいた。



だけど

昨日の竜也さんの口ぶりから、眠れていない理由が多忙からだけでは無いと知った。

御家族との確執や、その真っ直ぐで優しすぎる性格故、きっと今までどれだけの葛藤とご心労を抱えてきた事か・・・。

悩み、心を痛め、いくら体を横たえても脳と心が休まる事は無かったのかもしれない。




これからは、そんな翔さんを支えて行きたい。

僕が、ずっと傍で・・・







『・・・僕が潤君を守るから。絶対、絶対に大丈夫だから。』




「--っ!」




瞬間、カズの顔が浮かんだ。

心臓が、太い針で刺されたように痛んだ。


僕が翔さんを想う気持ちと同じように

僕をずっと傍で守り、支えてきてくれたカズを思い出して

余りの自分勝手さに、酷い裏切りに

目に涙が滲む。




『今お前を抱いたら、もう元には戻れなくなる。それでも・・・いいんだな?』

『それでも・・・いい・・・、好き・・・社長が好き・・・っ』



あの時、そう決めたのは自分の意志で

もう後戻りなんて出来ないのに

 


僕に去られたカズは一人、どうやって過ごして行くんだろう。


僕が母さんに捨てられた時のように

僕の父さんのように

 荒んだ生活を送らせる事になるんだろうか


全て・・・僕のせいで。



そう思うと

襲いかかってくる強い罪悪感に、嗚咽が漏れそうになった。





心が誰に動いたとしても、カズをまた

大切に思う気持ちにも変わりはない。


ただ

それ以上に翔さんを愛してしまったんだ。


翔さん以上には

もう誰も愛せないくらいに。




そんな僕が

こうして未だカズを気に病むこと自体が偽善に過ぎなく、傲慢な行為だと自分に言い聞かせ



せっかく翔さんが時間を作ってくれた、今日と言う日に余計な事は考えまいと気を取り直し

キッチンへ向かった。