J side




「二人の間に少しでも愛情があったのか俺にはわからないけど・・・俺の両親はαの血筋を守る事が第一の政略結婚だったんだ。

だからなのか他のアルファと同じ様に、父親にはオメガの相手がいてさ。

その人を離れに囲っていた・・・って、京香さんの話は竜也から聞いたよな?」

「・・・はい」

「彼女には恋人が居たのに、親父はどうやって知り合い連れてきたのか、二人の仲を引き裂き自分の番にしていた。慰み者として扱っていた癖に彼女に異常に執着し、息子である俺ですら彼女に近づくのを嫌い、屋敷の離れにひっそりと住まわせていたんだ。

他所にマンションでも与えて囲うならともかく、同じ敷地に愛人がいるなんて・・・プライドを傷つけられた母親は悲観し、そんな父親を恨み、それでも世間体とステイタスの為に、結婚生活を続けていたよ。

当て付けのように、他の男との逢瀬を楽しみながら。」



感情なんて忘れ去ってしまったかのような

無機質な声色で語られる翔さんの話に

僕は黙って耳を傾け続けた。




多感な時期に

自分勝手な大人達のせいで心を乱され

それでも自分より幼い竜也さんを思って

平然を装っていた翔さん。


本当はどれだけ苦しかった事か・・・。

一番の被害者だった彼に心を寄せ、詫びたのは京香さんだけだった。



ある日、京香さんが囲われている離れに、興味本意で覗きに行った翔さんを見つけると、彼女は警戒する事なく優しく微笑んでくれた。

そして、翔さんが屋敷の息子だと知ると



『私のせいで・・・っ、悲しい想いをさせてごめんなさい。』



京香さんは泣きながら翔さんに謝った。

本来なら憎むべき相手なのに

その姿が何とも儚く、憐れで

だけど誰よりも美しくて・・・


翔さんの初恋になった。



恋人だったあの人に謝りたい。

そう願う京香さんに、いつかその恋人を探し出し、会わせてあげる。


翔さんは彼女にそう約束していたのに、優しすぎたその人は心労が祟ったのか、それから暫くして亡くなったそうだ。




「己の欲の為に、オメガだった京香さんの自由を、幸せを奪った父親を俺は心底軽蔑していた。

そんな父親も京香さんを亡くし、さすがに後味が悪かったのか、それからオメガを囲うことも、他に番を作る事もしなかった。


もしかしたらあの人にとって、京香さんという存在は番と言うだけではなく、特別なものだったのかもしれない。

だけど・・・それが何だ?


父親の自分勝手な想いのせいで奪われた京香さんの、与えられるべきだった幸福は、京香さんは・・・もう二度と戻ってこないんだ。


生まれ堕ちたのがアルファと言うだけで、それを免罪符かのように、何でも許されると偉そうに振る舞う奴らが俺は嫌いだ。

アルファだからって、他者の幸せを踏みにじっていい訳がない。


・・・例えば俺が、愛する人と巡り会えたなら

自分の欲の為に、相手を苦しめるような事は絶対にしない。


好きだからこそ自分の想いなんかより

相手の幸せを一番に願ってやりたい。

俺はあの時・・・、心に決めたんだ。」



そう言った翔さんからは、諦めにも似た覚悟のような物が僕には感じられて

同時に、得も言われぬ不安に駆られる。




「・・・翔さん?」




今、何を考え

どんな表情をしているのかと、その顔を覗き込もうとする僕に気付いた翔さんは




「ふっ・・・、何だよ?」



つい先程とは雰囲気を変えて

いつものように穏やかな笑みを浮かべて

僕を見た。



「・・・いえ・・、」



・・・気のせいかな?

聞いていた話の内容のせいで

僕がナーバスになり過ぎていたのか?

と口篭る。



「おかしな奴だな。」



翔さんは暖かな手で

僕の髪を愛おしそうにくしゃりと撫でた。



翔さんと交わすキスも

肌を重ねた時の質感は勿論

今、この掌から伝わる体温すら

他の人からは感じられない程に心地よくて

ずっと撫でていて欲しくて

触れていて欲しくて


番だからなのか、翔さんだからなのか

彼の何もかもがピッタリと僕に合っていて

好きになり過ぎて困る。




「それにしても結局今日は、俺が寝ただけになっちゃったな。潤の好きな所へ連れて行きたかったのに。」

「それを僕が望んだんですから、それでいいんです。僕は満足してますから。」



申し訳なさそうに言う翔さんに、僕は食い気味に反論した。


翔さんと行きたい場所、したい事なんて山ほどあるけど、それはこれから少しずつ叶えて行けばいい。

そんな事より、まずは翔さんの休息と

一緒に居られること・・・

それが僕には何より大切なんだから。




「・・・潤が、もっとワガママな奴だったらな。」



翔さんは、僕をその優しい瞳で見つめながら

そうポツリと呟いた。



「自分の気持ちばかり押し付けて、周りの人の気持ちなんて考えないような、利己的で自分勝手な奴なら・・・俺も自分の欲望のままに、奪い去ってしまえたのに。」

「・・・・・・?」

「だけど、潤がそんな奴だったなら・・・

こんなにも、俺は好きになっていなかったのかもしれないな・・・。」



苦しそうに続けられる言葉に、また胸の中がざわつく。



「何で・・・、何でそんな事言うんですか?

今日の翔さん・・・変です。

僕と翔さんは運命の番でしょ?

奪うも何も・・・っ、もう番にして貰ったし

僕は翔さんとずっと一緒にいますよ。」



想像もしたくない悲しい予感に、声が震える。



ううん、そんな筈がない。

僕らは番になったんだ。

もう離れられないんだ。



そう思いたいのに翔さんは

今度は泣き出しそうな瞳で

僕を切なげに見つめていて



「どうしたんです・・・っ、

んっ・・・、はぁ・・・ん・・・」



不安を消し去りたくてまだ問う僕を

翔さんは少し乱暴に強く抱きしめ

きっと今までで一番長くて熱いキスをした。


そんなキスをされたら

何も考えられなくなって

今すぐ身を委ねたくなって

くったりとしてしまった僕のうなじを

翔さんはきつく吸う。



「痛っ・・・、翔・・・さん・・・?」

「・・・してないよ。」

「・・・え?」

「潤を番には、していない。」




熱を帯び始めた体に反して

耳を疑うその言葉に、心の中が瞬く間に

凍りついていった。







※お返事出来てない方、ごめんなさい。

だけどちゃんと読ませてもらってます。

ノロノロしてますが、まだ続きます。