「櫻井さんも、そろそろ行かなくちゃいけませんよね。すいません、お引き留めしちゃって。」
「そんな!声を掛けたのはこちらです。
それに自分は全然大丈夫です!はい。」
なのに、松本さんには機敏に反応出来ちゃう俺。
同時に、また激しい動悸と火照りに襲われる。
胸のドクドクと
顔がかぁ〜っと熱くなるこの感じ・・・
ん?
んん?
・・・、(ポクポクポク)
・・・・・・、(ポクポクポク)
・・・ハッ!!(チーン)
こんな状態をなんて言うか
俺は知ってる。
この症状はもしや・・・
よもやよもや
更年期ってやつじゃね?!
俺が大学生ぐらいの時
母さんが顔を赤くしてダラダラ汗かいて
『火照るわぁ、ホットフラッシュだわぁ。』
って言ってたあれ?
『お母さん、心臓の音やたら気になるわぁ。たまに胸がドクドクして息苦しいのよね。』
って言ってたの、これ?
おいおいおい!
母さんと今の俺、全く同じ状態じゃねぇか!!
つー事はだよ?
俺、おじさん通り越しておばさんになっちゃった感じ?
いや、おじさんにも更年期はあるって言うけど、それなの?
・・・怖い。
物凄く怖い。
どうなっちゃうの、俺。
まだ20代後半。
俺の身体は若いのか若くはないのか?
はたまた男なのか女なのか ?
よくわからなくなっている。
「櫻井さん、どうされました?
急に思い詰めたような、深刻そうな顔されてますけど。」
「いえ、ちょっと。今度の企画書通るかなってふいに心配になりまして、ええ。(キリッ)」
ドクン
キュキュんっ
だけど松本さんを見つめながら感じる
この胸の痛みは、微かに甘さを含んでいて
この状況が嫌いじゃない事だけはわかる。
「そうでしたか。・・・もっとお話していたいんですけど、僕もそろそろお昼いただきに行ってきますね。この後の打ち合わせに間に合わなくなるといけないんで。」
「そうですね、ゆっくり召し上がって来て下さい。」
「それでは。」
軽く会釈して爽やかに立ち去る松本さんを
余裕のある微笑みを浮かべ暫く見送ると
俺は彼に背を向けて膝に手をつき、ハァハァと肩で息をした。
あー、しんど。
息苦しかったー!
顔は熱いし胸は苦しいしで、本当はハアハアしたかったけど、変態みたいに思われちゃうの嫌だったから堪えてたんだよー。
今のうちに思いっきりハアハアして息を整えとこ。
ハァハァ、ハァハァ
ハァハァ・・・
スーハースーハー
フゥー・・・
・・・・・・。
何でかな。
松本さんと離れると途端に熱っぽいのも
息苦しさも消えて楽になるけど
今度は何とも言えない物寂しさに心が覆われた。
ごめん、雅紀。
やっぱり俺、おかしいのかも。
つか
やはり更年期なのかも。
母さんも、歳とってから特に涙脆く
情緒不安定になってたもんな。
ドラマ観てよく泣いてたよな。
きっとこれもそれの一種なんだろなぁ。
「早退して病院行ってこようかな。でも男の俺は婦人科には行けねぇし、何科に行きゃあいいんだよ。」
ブツブツ言いながら数歩歩きだすと
「櫻井さん。」
松本さんに肩を叩かれ、名前を呼ばれた。
「うわぁーおぅ!!!」
食堂へ行ったと見せかけて猛ダッシュで引き返して来たのか?
去ったはずの松本さんから再び声を掛けられるという不意打ちに、飛び上がるほど驚いた俺は、本当に3メートルぐらい飛び上がったと思う。(体感)
綺麗な垂直跳び
決められた気がする。(体感)
「ど、どうしたんですか?」
心臓が超絶バクバクナウな俺に松本さんは、今まで見た事もない艶っぽい表情で顔を寄せ
「ま、ま、松本さん?!」
色々情報過多でパニくる俺の耳元で
吐息混じりにこう言った。
「櫻井さんに、あんな物欲しそうな顔されたら、ほっとけなくなって戻って来ちゃうでしょ?」
も、物欲しそうって何?!
それより松本さんの口調が
急に馴れ馴れしくなってるし・・・!(驚喜)
「わかっててやってんでしょ・・・ズルいよ。
他の人にはあんな顔、見せちゃダメだからね?」
何、この急なセクシー番長。
松本さん、めっっっちゃカッコイイんだけど!
いや、妖艶なんだけど?
ちょっと束縛系入ってて可愛いんだけど!
ねぇ、結局のところ松本さんて
カッコイイの?可愛いの?
え、どっち?!
「ず、ズル・・・、見せ・・・お、俺?」
「これ、僕のプライベートな連絡先。今夜必ず電話してきて。約束だよ?」
そう言って、裏に手書きで連絡先が書かれた名刺を握らされる。
「まつ、まつ、松本さん・・・?」
「じゃあ、連絡待ってます。・・・それまでこれで我慢してね♡チュッ」
「・・・・・・っ!!!!」
さっきから動揺しまくって、まともに会話が出来ていない俺の頬を、松本さんの唇が軽くかすめた。
「・・・まふっ、まっ、まつもっさぁーん?」
「ふふっ。」
「ま、松本さーん!」
周りに誰もいない事を確認済みなのか、大胆な行動を起こす松本さん。
どう応えていいのかわからず、唇で触れられた頬に手を当て松本さんの名前を無駄に連呼する俺。
「そうだ。今夜会った時には、潤って呼んでよね、・・・翔くん?」
何故、俺の名を!
「・・・じゅ、じゅ、しょ、しょ・・・?!」
松本さんは、楽しそうに笑って、今度こそ食堂の方へと歩いて行った。
「まつもと・・・さーん・・・、あ、違った。
じゅーん・・・さーん///」←照れてる
雅紀、ごめん。
2回目のごめんだけど改めてごめん。
お前の事、突拍子もないとかトンチンカンとか
酷い事思ってたけど、実はすごい奴だったんだな。
その感の鋭さには完敗だ。
お前が言う通りだ。
俺はおかしい。
俺、病気どころか今すぐ昇天しそうだし
あっちの世界・・・行くと思う。
断言しよう、確実に俺は行く。
そしてもう戻って来れないと思う。
あっちの世界の住人になって
松本さんのお気に召すまま術中にはまって
松本さんに溺れてしまう未来しか見えない。
あ、あっちって上の世界の方じゃなくて
別のあっちな。
わかるよな?
すっかり松本さんの色気に当てられて
地面に膝をつき、腰が砕けたようにふにゃふにゃになってる俺は、完全に挙動不審な奴で
歩く事も未だままならないけど
「絶対今夜・・・連絡しよう。」
彼から貰った名刺を掌に握りしめ
ガッツポーズしながら、強く心に誓った。
おわり
すいませんっした!!