昔むかしある山奥に

2匹の鬼が住んでいました。



この世界の鬼も、一般的な鬼のイメージ通り身体能力の高さは人に比べてズバ抜けていましたが、外見に関しては、小さな牙と角を持ち、鮮やかな髪色に特徴があるぐらいで、肌の色や姿は人と類似していました。 



それでも人は、自分達より優れた能力を持つ鬼を恐れ、警戒していました。





心優しく寂しがり屋な、桔梗色の髪を持つ紫鬼の潤は、村の人間と仲良くなりたいとずっと願っていました。


潤より更に山奥に住む友達の鬼で、緋色の髪の赤鬼の翔が、そんな潤の気持ちに気付き、人間と仲良くなれるよう手を尽くしてくれたおかげで、潤は人間とも友達になれました。




鬼、人間という種別など関係なく、賑やかに遊んでいる潤は本当に楽しそうで



「潤、良かったな。」


「うん!僕ずっとこのままがいい。翔くん、ありがとう。」

 


面倒見の良い翔も、満足そうに微笑むのでした。



賢く強くて頼りになる翔は、潤の自慢の友達でした。





そんなある日、翔は潤に言いました。



「人間たちに、俺たちが喧嘩するドッキリを仕掛けないか?」と。



「えっ・・・翔くんと喧嘩するの?」



驚く潤に



「喧嘩するって言ったってフリだけだよ。

喧嘩して絶交したように見せかけて皆をビックリさせた後で、二人で嘘だよってばらすんだ。面白そうだろ?」


「でも・・・」


「盛り上がるって、絶対。それに面白い奴らだなって、今よりもっと人間達と仲良くなれるぜ?あいつらそういう悪ノリも好きそうだし、潤は真面目過ぎるからな。」



フリとはいえ人間を騙す事、大好きな翔と喧嘩する事に気が乗らない潤。

反して、翔は半ば強引に計画を進めました。



予定通り当日

村で人間達と集っている和やかな雰囲気の中

翔は人間に対して、やけにつっかかり始めます。


潤と喧嘩するはずのその矛先が人間に向かい、翔と人間達は険悪な雰囲気に。



「ねぇ、翔くん。どうしたの?こんなのやめてよ。」



計画とは違う翔の言動と場の空気の悪さに戸惑う潤は、翔を止めに入りました。



「大丈夫だ。

いいから、黙ってこのまま続けろ。」



翔はそう小さく耳打ちすると

今度は潤に悪態を尽きます。



「うるせぇな。大体お前は同じ鬼の俺と人間とどっちが大事なんだよ。」

「どっちが大事って・・・」

「お前は黙って俺の言う通りにしてりゃいいんだよ。」

「・・・翔くん?」

「俺が可愛がってやろうとしてんのに、お前はいっつも抵抗ばっかりしやがって。こんなにお前を好きなのに、そんなに俺が嫌なのか?人間の方がいいのかよ。」

「・・・っっ!」



あろう事か翔は、人間達の前で無理矢理

潤を引き寄せ、唇を重ねました。



「止めてよ!!!」



ザワつく人間達。

友達だと思っていた翔からの思いもよらない行動に、混乱と恥ずかしさから潤は翔を突き飛ばします。



「あーあ、つまんねー奴。シラケたわ。

やっぱりお前はこっち側じゃねぇんだ。よく分かったよ、もう俺に二度と話し掛けてくんなよ。じゃあな。」



翔はそう言うと潤を残し、一人で山に帰って行きました。



「潤くん、大丈夫?」

「あいつ最低だね!」

「これからは僕らとだけ仲良くしたらいいよ。」



呆然とする潤に人間達は哀れみと、何故かホッとしたような視線を向け、慰めの言葉を掛けます。



「・・・・・・うん、そうだね。」



潤は泣き出しそうになるのを堪え、翔の仕掛けたドッキリを戸惑いながらも遂行しました。




予定では、喧嘩のフリをして3日したら

翔が潤の家に迎えに来て、二人で人間の村を訪れネタばらしをするはずでした。

それまでは何処で誰に見られるかもしれないから、二人で会うのは止めようと翔に言われていました。



ですが3日経っても

一週間経っても

翔が潤の元を訪れる事はなく

翔に何かあったのかと心配になったは潤は

翔との約束を破り、彼の家に向かいました。



誰かに見られていないか、周りを警戒しながら



「翔くん、翔くーん」



何度呼んでも翔の返事はありません。



もしかして、体調を崩して寝込んでいるんじゃ・・・?



「翔くん、入るよー?」



翔の家の戸が開いていたのが幸い

心配になった潤は家の中へ入っていきました。




「翔くん、・・・翔くん?」



家中をいくら探しても翔は何処にもおらず

机の上に「潤へ」と記された一通の手紙が残されているだけでした。



その手紙を手に取り、読み進めるうちに

潤はその大きな瞳からポロポロと涙を流し始めました。






『潤へ



迎えに行くって嘘ついてごめん。



それから

キスしてごめん。



驚いたよな?

悪かった。




もう俺はここには戻って来ない。

その方がお前にとってもいいと思うから。


 実は俺

人間達が俺と潤が出来てるんじゃないか?って噂してるのを聞いちゃったんだ。

いつも二人で一緒にいて怪しい、そうなら気持ち悪いって。


鬼なのにそんな誤解までされたら

潤の望み通りせっかく人間と仲良くなれたのに、また仲間に入れて貰えなくなるかもしれない。

潤から人間達が去って行くかもしれない。


あんなに潤、楽しそうだったのにな。

またお前、寂しくなっちゃうだろ?

そんなの俺、嫌なんだ。



こんな手の込んだ事しなくても、ちゃんと説明したら誤解は解けるかもしれないって最初は考えた。


だけど俺と出来てるって噂をいくら否定したって、どうしたって否定し切れないと思う。


出来てる訳じゃないけど

俺が潤を好きだから。



好きだって言えて嬉しかった。

あんな芝居じみた場面でも、ちゃんと口に出せて、俺は幸せだったよ。


最後だって思ったら想いが止められなくて

キスまでして、お前には混乱させちゃったけどな。


本当にごめん。



でもあの騒動で、俺の一方的な片思いで

潤は迷惑してただけだって人間達は思っただろう。


これで俺さえ居なくなったら上手く行く。

だから潤、これからは人間たちと仲良く暮らせ。


離れていてもお前が楽しく暮らしてくれたら

俺は満足だ。

潤は俺の、唯一の友達なんだから。


それから

俺も何処かで元気にやってくつもりだから

お前が気に病む事は何もないからな。



俺は強いし、独りが気ままでいいよ。



じゃあな潤、元気で。

さようなら。



翔』




「翔・・・くん、翔くん・・・っ、嫌だ。

嫌だよ、翔くんっ!」




部屋の何処にも、この山の何処にも居なくなってしまった翔の名前を呼びながら

潤は涙が枯れるまで泣き続けました。