「あいつ、人間達と仲良くやれてるかな・・・」




潤から遠く離れた別の山で今は暮らす翔は

今日も、潤の事を案じていました。


一緒に居ても離れていても

考えるのはいつも潤の事ばかりでした。



元来、非常に頭が切れる故

相手の言動の裏側まで読んでしまう翔は

誰かと関わる事を良しとしませんでした。


ですが裏表などなく、人間よりずっと純粋な潤だけは、翔の頑なだった心を溶かし

いつしか恋心へと変えて行ったのでした。


いくら孤独を恐れず、他者との煩わしい関係を嫌う翔でも、そんな潤を失った虚無感はそれは大きくて。


その寂しさを誰にも悟られぬように

より一層ひっそりと、暮らすようになっていました。


間違って迷い込む者すらない、こんな険しく急な傾斜の山奥では誰かと挨拶を交わし、話す事もありません。


日々に何の変化もない翔の表情が変わるのは

唯一、潤を想う時だけ。

その顔に優しい笑みが浮かぶのでした。



それでも翔は

これでいいと思っていました。



潤に会えない切なさはあれど、潤が楽しく過ごしてくれていると思えば、不思議と辛くはなかったのです。



ある晩

そろそろ寝ようかと、翔が部屋の灯りを消そうとしていると



ガタッ



家の戸に、何かがぶつかるような音がしました。



不審に思い、外の様子を見に行くと



「・・・・潤!」



服もボロボロに薄汚れ、ぐったりとした潤が

家の戸口に寄りかかっていました。




「翔くん・・やっと、会えた・・」



翔を見て力なく、だけど嬉しそうに微笑む潤を抱き抱え、家の中へ入り布団に寝かせました。

それから、水で濡らし絞った手拭いで

汚れた潤の顔を優しくふいてあげるのでした。



「こんなになって・・どうしたんだ?村で何かあったのか?」

「・・違うよ。

翔くんを探してここまで来たんだ。」

「俺を?何で・・、こんな所まで来ちゃダメだろ。険しい道のりだったろうに・・喉は乾いてないか?今、水を・・」

「待って」



立ち上がり、水を汲みに行こうとする翔の手を、潤はギュッと掴みます。



「もういいよ、そんなの・・」

「・・どうした?どこか痛いのか?」



かがみ込むようにして潤を心配そうに見る翔に、潤は抱きつきました。



「僕の事ばっかり・・、心配しないでよ。」

「潤?」

「こんな寂しい場所で、たった独りで

何してんの・・。

怪我でもして、病気にでもなったら、どうするつもりだったの?」

「そんなのはどうにかなる。独りでだって寝てりゃいつかは治るだろ。」

「嫌だ・・」

「ん?」

「そんなの僕が嫌なんだよ!」



潤はポロポロと涙を流しました。



「何で泣くんだよ・・、一体どうした?」



翔は泣き出す潤にオロオロしながら、その涙を指で拭ってやります。



「僕は、人間達と一緒に居ても

ちっとも楽しくない。」

「やっぱり人間達に何かされたのか?」

「違うよ、翔くんは勘違いばっかり。

僕が、ずっとこのままがいいって言ったのも、楽しかったのも、いつも翔くんが居てくれたからなんだよ。翔くんが居てくれなきゃ、どれだけ他に友達が出来ても、沢山の仲間に囲まれても寂しいよ。」

「・・だけど、俺が居たら人間達に誤解されるだろ?」

「誤解じゃないよ。僕だって翔くんが好きなんだもん。キスされてびっくりはしたけど、本当は凄く嬉しかったんだ。」

「潤・・・」

「人間達にはちゃんと話して来た。

僕も翔くんが好きだって。

それで気持ち悪いとか、もう付き合いたくないって思うならそれでもいいって。

それは本心なんだ。

僕は翔くんが一番大切だから。


そしたらね、そんなの関係ないって。

俺は気にしないし翔も潤も大切な友達だって言ってくれる人が何人かいて。

誰かは気持ち悪いって言ったかもしれないけど、僕らを受け入れてくれる人達もちゃんといるんだ。

翔くんが居て、僕と翔くんを好きだって言ってくれる友達と仲良く出来たらそれが最高だよ。」

「そこまでしてくれたのか・・、拒絶されたらって怖かったろ?」

「ううん。

翔くんを失う方がずっと怖かったよ。

翔くん、大好きだよ。

僕の傍でずっと僕の心配しててよ。

だから、一緒にあの山に帰ろ?



そう言って潤が

涙で濡れた瞳をキラキラ輝かせるのでした。



「・・っ、」



翔は泣きました。



強くて

賢くて


孤独すら恐れない翔が

声を上げて初めて泣きました。




潤の気持ちが

自分を受け入れてくれる友(人間)の存在が


嬉しくて

ただ嬉しくて

泣くのを堪えられませんでした。



ですがその泣く姿すら

潤には賢く強くて頼りになる翔と同様

誰かに自慢したくなる程

格好良く映るのでした。









おしまい。