結局、一睡もできなかったか・・・。
遅めの時刻に設定したアラームのデフォルト音がスマホから鳴ると、重い頭と身体を引き摺るようにしてベットから起き上がり、熱いシャワーを浴びる。
ここロンドンと日本との時差は8時間。
挙式は親近者とごく親しい人だけを呼ぶ小さなものだと、以前に潤は言っていた。
今日がまさにその日で。
もう式は終えた頃だろうか?
家に帰ったら、彼ら二人の新しい生活が始まる。
夫婦として、これからずっと。
・・・っ、
負の感情しか生み出せないような
無意味な妄想から逃げるように浴室を後にし、よく冷えたミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出し、飲み干す。
二宮さんと幸せになれと乱暴なやり方で
背中を押しておきながら、未だ俺の頭の中、胸の内は潤への想いで埋め尽くされている。
そんな事はわかり切っていた事なのに
その愛が未練と嫉妬に形を変え暴走し、時折こうして俺を苦しめる。
せめて今日だけは、二人への穏やかな祝福の気持ちだけで心を満たしていたいのに。
そんな都合よく、自分自身をコントロールなんて出来そうにない。
ごくひと握りの特権階級のαだ何だと崇められたところで、所詮俺は潤の事になると、こんなに情けない平凡な男に成り下がる。
潤との別れを決めたのだって
愛しているからこそあいつを苦しめたくなかったのと同時に
俺は
怖かったんだ。
想いが、愛が大きすぎると
手に入れる前に
失う時の怖さを恐れてしまう。
きっと俺は、どこか潤に似た京香さんのトラウマに囚われているのだろう。
潤への想いは、京香さんへ抱いていたそれとは比べようもないほど今は大きく膨らんでいて
もしも俺のせいで潤が、この地球上のどこにも存在しなくなったら・・・
俺自身、生きる意味を見い出せなくなるだけじゃなく、この身を何度八つ裂きにしたとしても自分を許すことなど到底出来ないだろう。
それ程あいつは、俺にとってかけがえのない
特別で崇高な存在。
潤がどこかで笑っていてくれさえしたら
例えそれか俺じゃなく、他の誰かの隣でだったとしてもそれだけで、俺には意味のあるものになるんだ。
だから、こんな身を焦がすような痛みなんて
ちっぽけなもので
いい加減、この現実に早く慣れ
受け入れなければならない。
そう思うのに今日が潤にとって特別な日だと知っているからか、さっきからやけに気持ちが昂って、鼓動も速く感じる。
おまけに
体調が悪い訳でもないのに、何故だか少し熱っぽい。
想像以上のダメージに
落胆を通り越し、笑いが込み上げてきそうになる。
馬鹿だな、俺は。
わかっていたはずだ。
こうなる事も
これからもずっとこうして
潤を唯ひとりの番として想い続ける事も。
覚悟の上で、泣いて縋る潤に
決死の思いで別れを告げたんだ。
「はぁー・・・」
俺はひとつ、深くため息をついてから
トレーニングウェアに着替えた。
このまま
部屋に閉じこもっていたら気が滅入るだけ。
幸い今日は仕事も予定もない。
気分転換も兼ねてランニングでもしてこようかと、外へ出る為ロビーを横切ると
「おーい、翔君!」
聞き慣れた声が俺を呼び止めた。