S side




『せっかく俺がくっつけようとしてやったのに、またややこしくしちゃって。』




ロンドン行きの飛行機に乗る為

空港にいたあの日。



会社の事

暫くは俺の代わりを務める弟のサポート

何より潤の事を頼みこむ俺に、智君は呆れ果てたようにそう言った。



『いいんだよ、これで。

最初からあいつは二宮さんと家庭を築く未来が用意されていたのに、俺が横槍を入れたんだから。』



ややこしいどころか、最初に戻っただけだ。



『それでも番として出会ったからには、松本をかっさらうつもりだったんじゃねえのかよ。

婚約者がいようがどうだろうが、そんな事承知の上で、愛してたんだろ?』



彼にしては珍しく熱のこもった声で

智君は俺に問う。



ああ、そうだよ。


あいつが欲しくて欲しくて


だけど

どうしようもなく俺は

潤を深く愛してしまった。



『・・潤を苦しめたくないんだ、愛してるからこそ。

俺のせいで二宮さんへの罪悪感を持って暮らすなんて、あいつには耐えられないよ。

そんな姿、見たくないんだ。

あまりに潤が可哀想過ぎるだろ?』

『じゃあ、もし二宮が松本を手放したら?』

『手放すって・・』

『二宮の方から松本を手放したら、翔君は松本を番として受け入れるのか?』



智君が、俺の本心を探るかのように

じっと見つめた。



二宮さんが潤を・・?

彼に限って、そんな事あるはずがない。


二宮さんは潤との未来だけを夢見て

今までずっと潤に寄り添うように生きて来たんだから。



『二宮だって、翔君と同じ様に潤を愛してると思うぜ。

ずっとあいつを守ってきたのは二宮だ。

松本の幸せを願う翔君以上に、もしかしたら松本の・・・』

『だから?

俺がそうしたように自ら潤を手放すって?』

『松本が幸せになるには、誰と生きて行くべきなのか。

愛しているならどうすべきなのか。

あいつだって本当はわかってんだろ。』

『だったら尚のこと、二宮さんには潤を幸せにしてやって欲しい。』

『訳わかんねぇな、そうじゃねぇだろっ』

『いいんだよそれで!

・・・二宮さんなら必ず潤を大切にしてくれる、潤の為に人生賭けてるような人だからさ。

彼が居てくれるから俺も、安心してロンドンに行けるんだ。これでよかったんだよ。』

『・・・ったく、何言っても無駄か。その頑固なとこ昔から変わんねぇな。』



頑なな俺の態度に

諦めたようなため息をついた。



智君が何を言おうとしているのかは

ちゃんと伝わっていた。


だけど、もう俺の考えは決まっている。


悩んで迷って

その答えを受け入れたくなくて抗って


それでも、俺と潤には 

これが一番良い選択なんだという

決断に辿り着いたんだ。



『もういいよ、この話は。

それよりも、二宮さんの創薬研究への支援、投資を予定通り進めて。

予算は潤沢に準備しといて欲しい。

潤には、抑制剤を毎月用意してやって。

勿論、どれだけ高価だろうと効果が期待できて、副作用の起きにくいものを。

暫くは俺の付けたマーキングでヒートにはならないかもしれないけど、そんなには持たないだろうから。

多忙な中申し訳ないけど、出来るなら智君から手渡しで、あいつがちゃんと抑制剤を飲む所を見届けてやって欲しいんだけど・・、多少業務に支障が出てもそこは俺がロンドンからでもフォローするから潤優先で頼むよ。それから・・・』

『ああっ、もう鬱陶しいな!

何でもやっとくから松本の事は心配すんな。

俺に任せてロンドンで頑張って来いよ。

二宮がいるからってちっとも安心してねぇし、そんなに過保護に愛してるのに、よく手放そうと思えたもんだな。強がりも昔から変わってねぇわ。』

『はぁ?強がりって何だよっ!』



翔君のそういう所が面白くて可愛いんだけどなって、今度は可笑しそうに笑って見送ってくれた。






その智君が、どうしてここに居るんだ?




彼らしく、ふらっと遊びにでもやって来たのか?




いや、今日は潤の挙式の日だ。

智君は参列するはずだったろ。





「・・・っ!」




もしかして

潤に何かあったんだろうか・・・?





「聞きたいことはわかるけど、詳しくは俺の部屋で。とりあえず行こうぜ。」



動揺が表情に出ていたのか

俺の顔を見て愉しそうに口角を上げた智君に促され、来た順路を戻るように彼の部屋へと向かった。