O side





「潤、一体何があったんだ?」




松本に向けられる翔君の真剣な眼差しには、抑え切れない愛おしさが溢れ出ていて

二人がこの後どうなっていくのかなんて

容易に想像がついた。



なのに



「・・・こんな処に居ちゃダメだろ?

今日はお前と二宮さんの大事な日なのに」



翔君は、己の本能に抵抗し

掻き集めた僅かな理性で松本を拒否する言葉を口にする。



タチが悪いのが

それもまた翔君の本心であり、松本を愛するが故なのかと思うと健気過ぎて


こっちまで胸が痛くなるから

マジで勘弁して欲しい。




「カズとは・・・婚約解消してきました。」

「・・・っ!どうして?

もしかして俺のせいで彼を怒らせたのか?それなら全て俺のせいなんだって説明するから今すぐ二宮さんに連絡してくれ!」

「違います!そんなんじゃなくて、

カズが僕に翔さんの所へ行けって、背中を押してくれたんです。

どうしてそんな事になったのか詳しくは教えてくれなかったけど、どうやら大野室長がカズに話をしてくれたみたいで・・・」

「智君が・・・?」




予想外の展開に

驚いた翔君は目を丸くして俺を見た。




何だよ。

普段はカッコイイ癖に。


そんな顔すると途端に可愛く見えるのが

ずりぃよな。




"何でもやっとくから松本の事は心配すんな。

俺に任せてロンドンで頑張って来いよ。"

俺、そう言っただろ?」



お節介なのはわかってる。



だけど放っておけないくらい

不器用な上に

優しすぎるんだ、翔君は。



それが翔君のいい所でもあり

俺が好きだった理由のひとつなんだけど。





「二宮さんになんて言ったんだよ?

まさか脅したりしてないだろうな?」

「バカ言うな、そんな事しねぇよ。」



そもそも俺が脅したところで

あいつが怯むタマかよ。



「翔君と離れてからの松本は見られたもんじゃなかったぜ?どんどん痩せ細って、顔色だって悪いのに、二宮を気遣って俺にもカラ元気に振る舞う姿が痛々しくてな。」

「痩せ細ってって・・・なんで、」

「翔君が恋しかったからに決まってんだろ。」

「俺を・・・?」

「ああ。」

「こんなになるまで、お前は・・・」



労るように松本の頬に手を這わす翔君だって

前より痩せて見える事に気付いてるんだろうか。


どうせ松本の事ばかり頭から離れなくて

食事も睡眠も、ろくにとれていなかったんだろう。


お前ら、つくづく似た者同士なんだよ。




「二宮が言ってたよ。

夜になると松本は、二宮から隠れるように

翔君を想ってひっそりと泣いてたんだと。

捨てられなかった翔君のブランケットにくるまって、とっくに薄れた翔君の匂いを嗅ぎながらな。

あのまま二宮と居たら松本は、衰弱しきって倒れてただろうよ。」




松本のその行動は無自覚に行われていたようで

、夢遊病患者のようにただ本能で翔君を探し、求めていたらしい。



だからこそ、それを見知った二宮は

深く傷つきもしたし、松本から離れる事を選ばざるをえなかった。



そして認めたんだ。



どれだけ松本を愛したところで

翔君には到底及ばない事を。


松本が自分の傍にいてくれたところで

自分じゃあ幸せにしてやれないって事も。



でもそれは

二宮が人として劣っている訳じゃない。

負けなんかでもない。



松本との別れは、二宮にとっても

必然だったんだ。



何故なら二人とも

運命の番は他にいるのだから。




「翔さん、僕はもう・・・、はぁ、二度と離れないよ・・・」



翔君に抱きついたまま松本は

自発的にヒートを起こし始めた。




会いたくて会いたくて堪らなくて

やっと会えた最愛の彼を前に、松本から発せられる凄まじい程の求愛のヒートの香りが

少しずつこの部屋に満ちて来ている。



「潤・・・っ」



翔君もそんな松本に誘発されて

ラット状態に入りかかってる。



これ以上ここに居たら

さすがの俺でもちょっとムラっと来そうだし

そうなると翔君がキレて面倒になりそうだ。


何より、ここへ松本を連れて来るのに

万が一の危険を考えて

軽く松本の首筋にキスをし、オメガ性を隠すように小細工してる事が翔君にバレでもしたら・・・



・・・ゾクゾクッ、こえー。



俺の身が危険だな。

うん、早急に帰国しよう。




「お取り込み中のとこ悪いんだけど、俺はもう日本へ帰るよ。あとは二人で好きにやってくれ。」

「好きにって、松本を置いて行くのか?」

「連れて帰っていいのかよ。」

「・・・・・・」

 「黙るんかいっ。」



いや、聞いた俺が悪かった。


翔君は松本をその腕にしっかりホールドしながらもまだ、頭の中が整理出来ていなくて

戸惑ってるんだ。


身体も感情も

とっくに松本を番にするモードに入ってるのに

往生際が悪いやつだ。





「とにかく、今日こそしっかり噛んでやれよ?じゃあな!」




何か言いたげな翔君と呼吸が荒くなり始めた松本を残して俺は部屋を出た。



俺が退散して二人きりになれば

後は何とでもなるだろう。



どれだけ痩せ我慢を決め込んだって

再び出会って顔を見てしまえばもう

お互いへの想いは止められやしない。



それ以前に



運命の番が出会ってしまったら、もう止まれない。

自分の心を偽り、相手を傷つけて離れようとしても、必ず呼び合ってしまう。

それが運命の番で。



俺が何もしなかったとしてもきっと

二人は結ばれる運命(さだめ)だったのだから。





「ふぁーあ・・、眠い。」



背伸びをするとデカい欠伸が出た。



これで俺のお節介も、出番も終わりだ。

帰りの飛行機では爆睡してやろう。




ん?

いやいや、これからがある意味本番か。




少し顔を綻ばせながら

上着のポケットからスマホを取り出し

ある人物の番号をタップする。




「ああ、俺。今松本を翔君に引き渡したよ。

大丈夫だって、何も危険な目には遭わせてない。

そんな事よりすぐ帰るから、寂しがらずに待っとけよ?」

「誰が寂しがるかバカっ」

「生意気でいいねぇ。これから俺がしっかり躾てやるから楽しみに・・・」




ツーツー・・・





ホテルの廊下を歩きながら

俺の可愛くて仕方ない運命の番にかけた

電話は、素っ気なく切られた。




「はははっ、本当に可愛いな。」




帰ったらまず

よく頑張ったなって褒めてやって


たっぷり可愛がって啼かせてから

ドロドロに甘えさせてやろう。



俺にとってはお前が最高で唯一の相手だって

あの華奢なうなじに刻んでやる。



だから翔君、松本。


何も心配なんてせず

そっちはそっちで幸せになってくれよな。




もう誰にも何にも囚われず

本能と運命のままに。





※大野君、お誕生日おめでとう!