※少し暴力的な表現があります。
苦手な方、ご注意願います。




N side




今までの失敗を踏まえた、スクリーニングによる候補物質の選定は出来ていた。

安全性・有効性等が更に確認出来れば

「治験薬」と呼ばれる段階まで漕ぎつけられる。




今回こそ・・・、

本当にあと一歩なんだ。



早く完成させなきゃ。

・・・潤君が離れていかないように。 




潤君をβに戻す新薬の研究の成果に

一進一退を繰り返す日々は

疲労と共に焦りが着いて回った。



潤君の不安を取り除く為

下衆な奴らから俺なりの方法で

彼を守ってあげるのが本来の目的だった。




それがいつしか



αのあの男に番になんてされなくとも

βの俺でも潤君を変えられる位の力はある。

潤君を絶対にあいつになんて渡さない。



既に見えている一番の解決策を否定し

潤君を失わない為にという

自分勝手な願いへスライドしていた。







いつも以上に仕事に熱が入り、すれ違う人もいない夜道、帰路の途中。



何処からか、誰かに後ろから着いてこられている事に気付いてはいた。



響く足音で

その人との距離が

少しずつ縮まっているのも。




またあの人か・・・。

ただでさえ疲れているのに面倒くさい。



長いため息がひとつ、口から洩れた。



今日は背後から忍び寄り、

俺を驚かせるつもりなんだろう?



くだらない。



どう出てこようと、このまま無視を決め込んでやろう。

αの暇つぶしに付き合ってやる気はない。



大野さんの事をわかったつもりでいた俺は

そう考えていた。




だけど・・・



どうして今日は、気配を消していないんだろうか。




一抹の違和感を覚えたが

何か幼稚な悪戯心を含んだ企みでもあるのだろうと思い直し、振り返りもせず歩みを進めた。





「・・・っ!!」

 



家の近く、雑木林の辺り。



いきなり背後から口を押さえられ、腹部に強烈な打撃が走った。

声を出すどころか呼吸すら満足に出来ない状態で、引き摺られるように茂みの中へと連れて行かれる。




「痛い目を見たくなけりゃ、大人しくしてろ。」




顔は暗くてよく見えなかった。


目前にチラつかせられた切れ味の良さそうなサバイバルナイフは

玩具じゃない事は直ぐわかった。


大きくゴツゴツと骨張った手。


ハァハァと生臭い息を吐きながら、俺を乱暴に扱う大柄な男。





ずっと尾けてきた奴は

こんな日に限って大野さんではなかった。






油断した。


Ωじゃなくとも華奢で童顔な俺は

こういう輩に目をつけられ、狙われやすい。


今までずっと警戒していたはずなのに。



「やっ・・・めろっ!!」



声を絞り出し必死に抵抗するが

俺よりずっと力の強い男は造作もなく

俺を地面にねじ伏せ、ズボンと下着を剥ぎ取っていく。



もう駄目か・・・。



嫌だ

悔しい

情けない



諦めと共に色んな想いが湧いて出て

涙が目に溢れる。



臀部にあてられた気色の悪い感触に吐き気を堪えていると、人の姿を形取った光の炎のような輪郭が、涙でぼやけた視界に入った。


その炎は、青白い閃光が絶え間なく放たれているような眩さで。

神々しさだけではなく

ピリピリと肌を突き刺すような憤怒を含んでいるのが伝わってきた。



誰なんだ・・・?


こんな凄まじいオーラを持つなんてαに違いないが、どうして怒ってるんだろう。


それよりまさか、こいつも男の仲間じゃないよな?


まだ他にも何人かいるのかもしれない。


ハジメテが数人にヤラれるとか

ついてなさすぎだろ・・・。



悪夢が更に増す、ゾッとするような予想は



「おい、お前。

そいつが俺のもんだってわかってての所業なんだよな?」



いつもとはまるで違うオーラと雰囲気を纏う

聞き覚えのある声で打ち消された。




暗闇の中

放たれる光の灯で照らされて


ここ最近  

見慣れた大野さんは

見慣れない冷酷な表情を浮かべていた。




「・・お・・・」

「ひぃっ、!!」



俺が大野さんの名前を撥しようとすると同時に

俺を好き勝手しようとしていた男は

悲鳴を上げて地面にひれ伏した。



「すいません、すいません、知らなかったんです。許してください、もう二度としませんっ!

すいません、すいません・・・」


男は呪文でも唱えるかのように

謝罪の言葉を繰り返し口にし続け

大野さんは男から離された俺の姿を一瞥する。


向けられた視線の先、腰から下に何も身に付けていない事に気付いた俺は、慌てて肌が露わになっている場所を隠すようにワイシャツを引っ張り下げる。



大野さんは自分の着ていたスーツの上着を俺に掛けてくれ、クルリと男に向き直す。

放たれる怒気は更に激しく強くなったのが、その背中からも見て取れた。



「・・・知らなかった?


そうか、それなら仕方ない。

特別に選ばせてやるよ。


炎に焼かれて炭となり消えてなくなるか

切り裂かれて塵となり消滅するか。


どちらがいい?」



近くに転がっていた男のサバイバルナイフを拾い、男の傍らにしゃがみ込んだ大野さんは、そいつの頬をスッと刃先で撫でた。



男の頬からツーッと赤い血が流れる。



「・・・っ!!ごめ・・・なさ・・」

「許すつもりはないから謝るな。

それに、俺が聞いているのはお前の最期をどちらにするかだ。


答えないなら、このまま少しずつ切り落として行くか?まずはその鼻から削いでやろう。」



あまりの恐怖で声すら出せなくなった男は、ただ涙を流し、首を横に振り続けた。



「ダメだって、大野さん!!」



この人は、本当に殺る気だ。

脅しなんかじゃない。



躊躇いを微塵も感じさせない動きと

冷静すぎる声のトーンにそう覚った俺は

大野さんにしがみつき、彼の動きを止めた。