J side




どうやって自宅に辿り着いたのかなんて

覚えていない。

それでも、しっかりパジャマを着た状態で翌朝、ベットで目が覚めた。



とは言え、さすがに入浴までは済ませていなかったようで、少し首元が汗っぽく

髪の毛からは

嗅ぎ慣れたタバコの匂いがした。



翔くんのがついてんだ・・・。

昨日もよく吸ってたもんな。




ヘビースモーカーな翔くんは

酒が入ると余計にタバコの本数が増える。


あんなにスパスパやってたら

いつか身体を壊すんじゃないかって

実は心配していた。


本数減らしたら?って言えば良かったかな。

いっそ禁煙外来にでも通ってスパッとやめてみる提案でも、すれば良かった。


言ったって聞かないと思って諦めてたけど

やっぱり・・・



いやいや、大きなお世話だわ。

もう俺が気にしなくたって

気遣ってくれる存在が出来たんだった。




俺、マヌケだよな・・・。

姉ちゃんにのせられて、その気になって

勘違いしてたんだもんな。


はぁ-・・・





っ、やめやめ!

これ以上は考えちゃ駄目だ。



風呂も入ってないし丁度いい。
諸々、洗い流す為に

シャワーでも浴びるとするか。



うん、それがいい。

とっととさっぱりして来よう。





「・・・つぅ、頭いてぇ」



気合いを入れて急に立ち上がろうとして

二日酔いなのか、頭がズキンと痛む。

吐き気もするし、最悪な気分。


別に酒に強い訳でもない俺が

あれだけ飲めば当然か・・・。


くそっ。



床に脱ぎ散らかされた昨日着ていた服を

八つ当たりみたいに蹴飛ばし

そのままにしておけないからまた拾って。



なんだよ、かっこ悪ぃなぁって

そんな事にも苛立ちながら、脱衣所にある洗濯機に、着ていたパジャマや下着と一緒に突っ込むと隣の浴室へと入った。





ザー...




肌に打ち付ける熱いシャワーの水飛沫。



それでも湯船をはってない浴室は

この時期は寒すぎて

シャワーだけじゃ到底温まる事はなく。



だけど、だからこそ

頭の中がクリアになっていって



「彼女持ち・・・か。」



忘れてしまいたい昨日の出来事、

消してしまいたい自分の気持ちが思い出される。





あの後、自分でも引くくらいに騒いだ。

騒がないと自分を保っていられなかった。


気分のまま沈んでいったらどこまでも

落ち込んでしまいそうだった。


底無しに落ちて行って

浮上なんてこの先一生

出来そうにないって思えたから。





『今日の潤、テンション高すぎじゃね?』



途中で翔くんが、少し心配そうに明らかにいつもと違う俺を見て言った。



だから



『だってめでたいじゃん。何年ぶりかの彼女でしょ?友達として俺も嬉しいし。』



泣きそうになるのを誤魔化して

ヘラヘラ笑ってやった。



『そっか・・・、ありがとう。』



翔くんは俺から視線を外して

こめかみを指で掻いた。



ばーか、ばーか。

本音じゃねぇし。

照れてんじゃねぇよ!



心の中で大好きな人に

悪態をついていた。



そんな自分は嫌いだなって思いながら



『今日は俺の奢りだから、どんどん飲んでよ。彼女との話も、じゃんじゃんノロケちゃってよ。』



何もかもどうでも良くなった。







帰り際



『また来月な!今度はもっと早く会おうぜ』



翔くんは屈託なく言って



『うん、そうだね。また連絡するよ。』



俺も躊躇いもなく答えたけど



きっと彼女優先になって

俺となんて会える時間もなくなるよ。



翔くんにとっての俺の優先順位は

一番会いたかった奴から

暇があれば会いたい奴に転落して


その暇な時間だって、彼女が急に

会いたいだとか言えば

暇じゃなくなるんだ。


だってさ、あれだけ恋人を作る事に慎重で

何なら出来なくてもいいって言ってたんだよ。

そんな翔くんが付き合う気になった相手なんて、余程好きなんじゃん。


俺に構ってる時間、惜しくなるに決まってんじゃん。



そんな現実的な事を考えながら

去って行く翔くんの背中を見送った。





酒を大量に飲めば、感情も麻痺して

心の痛みも感じないかと思ったのに

そうでもなくて。



会ってる間、ずっと胸は痛かった。

翔くんに笑いかけられると高鳴るはずの胸が

ギュゥっと締め付けられように痛かった。


今日は全然酔えないんだ・・・

絶望を含みながら諦めたのに


翔くんと別れてからの帰り道

急に酔いが回ってきて、真っ直ぐ歩けないなって思ってからの記憶がない。


酔っぱらいが

帰巣本能だけで帰ってきたんだろうな。





「ふふっ、俺って凄っ!はははっ、マジでウケる。」



シャンプーの泡を洗い流しながら

笑いが込み上げてきて

自分でも気持ち悪いぐらい声を上げて笑った。


浴室に笑い声が反響する。


家族が聞いたら頭、おかしくなったのかと思われるよな・・・って口を両手で覆ったら



「・・・っうぅ、・・・っ」



今度は嗚咽が漏れてきて

涙が溢れ出してきた。



ヤバい。

本当にヤバい。



焦れば焦るほど

止めどなく頬を温く濡らすのはシャワーの

お湯じゃなく、俺の目から流れるもので



思っていた以上に

想像以上に



こんなにも俺は

翔くんが好きだったんだ。



誰かの恋人になってしまった翔くんを

こんなに恋しく思ったって

どうしようもないのに。



泣いて泣いて

この気持ちも全部

流してなくなってしまえばいい。



じゃなきゃもう二度と翔くんに

会う事は出来ないんだから。



こんなに彼を好きなまま

友達として会えるほど俺は

器用じゃないんだ。



そう思うのに、どれだけ泣いて

涙も枯れそうなくらい泣き続けても



俺の中の翔くんへの想いは

ちっとも

なくならなかった。