J side




俺の予想に反し、あれから間もなくして

翔くんから誘いの連絡が入った。



俺の事なんて、もう頭の隅の方に押しやられるんだろうって思っていたから、正直驚いたけど




そうか。

付き合いたての不安だとか、彼女の自慢なんてもんを聞いて欲しいのかもしれない。

他の奴には言えないような些細な事も

俺には話せる気安さがあるんだろう。



そう理解した。




理解はしたけど、それに応えてあげるかは

また別の問題で。


彼女への恋心や、惚気にしか聞こえないような心配事を聞かされるのは真っ平御免だ。


俺はまだ、少しも翔くんを吹っ切れていないんだから。




『ごめん、バイトが忙しくて。また時間作れそうなら今度は俺から誘うね。』



つまり

"こっちから声をかけるまで誘ってくんなよ"

の意味で断ってるのに

鈍い翔くんには響いていないようで

それからも、何度も何度も会えないかと誘われた。




『じゃあさ、バイト終わるの待ってるよ。

近くのファミレスでもコンビニでも、少しでも話せたらいいから。』




いい加減、執拗くない?


もしかして

そこまで俺に聞いて欲しいような

深刻な悩みでもあんのかな。



好きな相手なだけに、気持ちが揺らぎそうになったけど

好きだからこそ会っちゃいけない。


仮にシリアスな相談なら、それこそ一番に彼女にしているはずだしな。




『んー、バイト後は疲れてるから早く帰りたいんだ。・・・ホントごめんね。』




そう思い直して頑なに断り続けた。





そのうち段々、嘘をつくのも気がひけてきて

俺は本当にバイトを入れまくるようになった。




忙しくしていれば余計な事を考える暇も

きっとなくなる。

お金も貯まって一石二鳥な上に

そのお金で一人で旅行に行ってやるのも

いいかなって考え始めていた。



翔くんが、一緒に行こうって

前に言ってた旅行。



きっと今では彼女と行くつもりで

計画しているであろう旅行。



もしかしたらもう既に

二人で行っちゃってるかもしれない旅行。




・・・・・・・・・。



くそっ。

余計な事を考えたせいで

じわじわとダメージを喰らう。




一人旅で何が悪い。

貯めたバイト代で

金にものを言わせて贅沢三昧してやる!


めっちゃいいホテルに泊まって

美味いもん食って満喫するもんね!


一人だって楽しいもんね!




相まった色んな感情が原動力となり

俺のスケジュールはバイトで埋めつくされていった。



俺のあまりの働きっぷりを見て

翔くんに彼女が出来た事を、簡単に俺から聞かされていた姉ちゃんは何か聞きたそうで

言いたそうにしていた。


だけど、さすがに今回はほっといてくれオーラ全開な俺に姉ちゃんも、余計な口出しはして来なかった。


俺に勘違いさせた原因でもある自分の発言を

姉ちゃんはもしかしたら反省していたのかもしれない。



いや、マジそれな!!



あの勘違い発言がなければ、俺が自分の気持ちに気づく事はなかったんだ。


この胸を突き刺す痛みの理由を

知るよしも無かったはずだ。



なんて恨み節を言いたくなるけど

今となっては、そんな事はどうでも良かった。


いくらそれを嘆いたところで

翔くんに彼女ができた事実に変わりはないんだから。




そんなこんなで

翔くんから電話があっても仕事中は出れないし、掛け直すにもバイトが終わると夜中で、もう寝てるか、彼女と居るかもなって

変に気を遣って折り返せなくて。


かろうじて、メッセージだけは返信するようにしていたけど

そのうち翔くんからも連絡が途切れていった。



まあこんなもんだよな。

俺が居なくたって翔くんの世界は成立するんだ。


これで良かったんだ。


彼女持ちの翔くんと

距離を取りたいと思ったのは俺の方。



寂しさと共にチクリと胸を刺す痛みも

時の経過と共に消え失せるはずだ。


いつの日か、翔くんと再会したのなら

その時はただの友達として想えるように

なっていたい。





バイト終わりの帰り道

そんな事を思いながら家の近くで見上げた夜空の星は


もう冬も終わりを告げるからか

それとも隣に翔くんが居ないからか


あの日、二人で一緒に見た程の輝きを

俺には見つけられなくて



「翔くん・・・」



ふいに口をついて出た

忘れられない人の名前に

会いたい気持ちが膨れ上がってきて



・・・どうしよう。

どうしよう。



俺、翔くんのこと

まだ全然こんなに好きだよ。



バカみたいにバイトに明け暮れても

どんなに強がってみても

ちっとも翔くんを忘れられない。


身体はクタクタで体力は消耗してるのに

翔くんを想う気持ちは少しも

なくなってくれないんだ。



俺の世界には翔くんが居ないと

全てがくすんで見えて

ずっと夢の中みたいに

実感がわかなくて


翔くんとじゃなきゃ

何やっても楽しくなくて

誰と居ても違和感しかなくて


せめてそんな世界が俺のノーマルになってくれたらいいのに

せめて無に感じられたらいいのに


翔くんが欠けた部分が

いつまでも塞がりそうにないから

それを恋しがって寂しがって

心がずっと泣いてる。



翔くんがいいよ。

翔くんしか嫌だよって

ずっと泣いてるんだ。  



俺、どうしたらいいの?




苦しくてなくしてしまいたいのに

大切に持ち続けたいような感情と葛藤に戸惑い、立ち尽くして、夜空を見続ける事しか出来ない俺の耳に




「おかえり、潤。」




ずっと会いたかった愛おしい人の声が

届いた。