ここなら大丈夫かな
そんな期待でもって一週間の猶予だけ自分に与えて、フルタイムパートにチャレンジ
何とか、環境整備もし、大きな冷蔵庫も購入し、備えて仕事を始めました。
次は高級有料老人ホーム。社会保険料も自分で払うことにしました。慣れてきたら正社員にとの意思も伝えました。
調べていた通り、ベテラン社員さんがおられ、年齢も同じくらい。
仕事もしっかり教えてくれて、前職の時の仕事を教えようとしない70歳くらいのパート社員とは全然違って、ここはちゃんと仕事を教えてくれるし、安心だなと当初はうれしくて仕方がありませんでした。
安っぽい建物とはちがって、自分の配属された階はたまたま、裕福な方の住む階だったので、仕事も割と余裕がある形で勤務できました。上品な世界に酔いしれていました。
でもそんな喜びはわずか3か月ほどで、消えていきました。
だんだん、余った時間で別の階の手伝いに行かされるようになり、その上、朝入浴介助、昼からも入浴介助に入らされることもあったり、機械浴の入浴介助の回数も増えたりしてきました。
社員になりたいという申し出も入社して早々にグサッとくることを副施設長に言われ、嫌な予感はそのころからしておりました。
1か月後に社員さんの息子さんが新卒で入社され、社員待遇で、しかもモテモテ。
もうそこからして、やりにくさは感じていました。元社員さんも夜勤の回数が減り、日勤が増え、しんどくなったようで、それて入浴介助を余分に回されるようになってきました。
ここでは社員は無理だな、相談員さんも経営も厳しいという話もしたし…
そう思っていると、派遣社員の60代の方が何かと当たってくるようになりました。
私の弱い部分を責めてくるようになり、段々精神的にもきつくなってきたので、転職先を仕事をしながら探していました。
運よく、条件が合う勤務先を見つけ、採用が決まり、退職を申し出て、8月いっぱいで退職する運びとなりました。
そんな矢先、疲れが溜まっていたのか、違う階の手伝いの際に、どうしても仕事の段取りに時間がかかるので、頑張って速く仕事を済ませようと力んで、
利用者さんを慌てて車いすで運んでいる際に、車いすから転倒させ骨折させてしまうという事故を起こしてしまったのです。
その時の私の対処もお粗末でした。自分のしてしまったことの大変さに気づき、なかったことにしたいと焦って座らせようとしたのです。でも、まったく持ち上がらず、結局助けをよびました。
従業員をあまり信頼していないというか、防犯カメラを設置していて、その映像でこの様子をあとで確認して、パート社員だったか、それを見て陰口を言ったりしていて、身の置き所がなくなってしまいました。
その時点で、私の方もすでに心離れていたので、もう自分を責めても何も解決しないので、そこで最後まで頑張ろうとは思っていたけれど、難しいなあと、あきらめるようになりました。数日後、風邪か何かで熱を出して欠勤し、コロナの検査してコロナではなかったけれど、もうそこで会社に行くことを止め、当初予定より1か月早い7月末で退職することにきました。
実はその同じ年、介護支援専門員の試験に申し込んでいたのですが、当初の予定どおり仕事していたらいけていたのに、1か月早く辞めてしまったせいで、受験資格を満たすためにはあと900に10日足らなくなってしまったのです。
必死になって短期の介護職の仕事を探さないといけなくなりました。
受験勉強もしながらです。
介護の短期の仕事がなかなか見つかりませんでした。
やっと、ネットで派遣で短期の仕事okのところを見つけ、面接して無事登録。
9月は本当は家の環境整備をする予定でしたが、急遽派遣であと10日という勤務をこなさないといけなくなったのです。
でもこれが本当に次の職場で役に立ちました。
この派遣社員の時の体験があったからこそ、なんとか次のところでも頑張れたのかもと思っています。
たった10日のために払った犠牲は大きかったけれど、それでどれほどの方が助かったかと思うと、決して無駄ではなかったと思うんです。
ただ、自分の環境整備に使えなくて、ほぼ次の職場に移行することになったのはダメージ大きかったかな・・・
続きは次回に。