こんにちは!

フリーキャスター/スピーチコーチの成田万寿美です。

 

 

季節外れの桜の写真ですが、

日本には、「献杯(けんぱい」という美しい言葉があります。

 

料理番組をご一緒していた金子信雄さんが亡くなったあと、

番組が終了する春まで、金子さん不在の収録のたびに、

献杯していたことを思い出しました。


この度の国葬で、素晴らしい弔辞を読まれた菅さんも、

安倍さんを口説いたという焼き鳥屋さんで、

一人静かに献杯されていたかもしれませんね。

想像ですが。

安倍晋三元総理の国葬については、私なりに思うところもありますし、
世間では、「追悼の辞」に対する政治利用説や穿った見方もあるようですが、

ここでは、日頃「声と話し方」についてお伝えしている者として、
「菅さんの弔辞」そのものを振り返ってみたいと思います。

正直、私は一言一言に心が揺さぶられました!

 

人は、そう簡単には心を揺さぶられません。

豊かな言葉、見識、間、シーンの回想、そして静かに溢れる感情...
まるで、今まさに二人の思い出の中にタイムスリップされているかのようなリアルでストレートな想いを言葉にされたからでしょう。

その時々のお二人の様子が聞くものの脳裏にも浮かぶようでした。


「伝わる話し方」で大切なことの一つは、
聞く人にも「同じ映像が見える」ように話すことです。
そのことで、話す人と聞く人が同じ空気感を共有することが出来ます。

エピソードとその時の感情は、決してスピーチライターが書けるものではありません。一言一言、全てが菅さんの”ありのままの想い”だったように感じました。それは声からも伝わってきました。


あの日から今日まで、菅さんがどんな思いで一日一日を過ごされていたかが心の痛みと共に聞くものにも伝わってきました。

”淡々とした口調”だからこそ、心に刺さるフレーズ。
微かに震える”優しい地声”は、深く心に響きました。

苦楽を共にした7年8ヶ月を、
「私は幸せだった」と締め括られた言葉からも、
本当に良い関係だったことが偲ばれました。

通常、「弔辞を読む」と言いますね。
「弔辞を話す」とは言いません。


そして紙に書いてきたものを読んだあと、仏前に供えるのが一般的な慣わしですね。
菅さんの弔辞は、紙に目を落としながらも、読んでいるようには感じませんでした。

 

なぜでしょうか?

ご本人が、安倍さんを想いながら、時間をかけて何度も何度も自分の心に問いかけ、言葉を選び抜いては、また読み直し、
ご自身で書かれたものに違いないからです。

以前、赤塚不二夫さんの葬儀でタモリさんが読まれた、
8分間の弔辞が大絶賛されたことは記憶に新しいですね。
ところがタモリさんが読まれた弔辞の紙は
実は”白紙”だったそうですね!
のちにそのことが漏れ伝わり、伝説になりました。
「前夜酔っていて書くのが面倒臭くなった!」とタモリさんはおっしゃていたそうですが、どこまで本当か、冗談か。


紙に書ききれないほどの”強い感謝の想い”を、
二人にしか見えない文字(アドリブ)にされたのでしょうか。
お手紙でも、書いても書いても書き直したくなる時がありますね。
ならば、その場の気持ちに任せよう。

と思われたのかどうかは分かりませんが、

これもまたお二人の深い関係性があればこそですね!

「弔辞」とは、
故人への尊敬と熱い想いを持つ人が”読むもの”なんだなぁと改めて思いました。政治利用など考える人が読めるものではありません。

読むことはできても、通り一遍の言葉の羅列では伝わらないでしょう。


葬儀の場でありながら、菅さんの弔辞に対し大きな拍手が湧きあがったことも納得できます。

「弔辞」には、二人の関係性が滲みます。
「スピーチ」とは違う言葉の重み・深さがあります。
素晴らしい弔辞だった!と私は思いました。