今年のゴールデンウィークも、どこにも行かずに過ごしました
私と猫崎公園の相棒・幸女さんは、揃ってこのGWに誕生日を迎えます。
しかしこの数年、GWは我々の鬼門。 何かと事件が発生し、対応に追われてのんびり過ごした試しがないのです。
去年の今頃は、行方不明になったぶーちゃんの生死を案じて気を揉んでいました。
奇跡の再会を果たしたのは5月10日。 翌日、ぶーちゃんは天に召されました(→テーマ・「ぶーちゃんのご褒美」 )。
そして今年も同じように事件が次々と発生。 「呪われたGW」再びです。
文句を言っている暇はありません。休日返上して、あらゆる計算をしながらひたすら走り回るのみ。
そうやって、呪われたGW中に奇跡の生還を叶えさせた、1匹の猫の話を、何回かに分けてお話しようと思います。
誰かの飼い猫ではありません。 マルメロ通りで暮らしている「地域の猫」です。
こうやって「助かりました」と報告できることが夢のようです。パルは、恐らく生涯最大の試練から生還しました。
パルは2010年春、マルメロ通り近くの4軒の家に囲まれた路地で生まれた、3組の子猫の中の1匹。
現場に残った母子、計7匹(当時)は、誕生時から路地の住民に可愛がられて育ったため、皆人懐こい。
(→「最低の町」に現場を作る など)
2010年暮れにTNRして以来4年、地域の皆さんに給餌を託していたが、
「パルの受難」 というテーマができる位、怪我や事件のたびに登場する、「日々是~」おなじみの猫でもある。
現場を作って4年も経つと、人も変わり、建物も変わる。逆に、猫だけが変わらない気がするのが不思議だ。
パルは今もずっと変わらず、新旧の町の住民に可愛がられている
それは4月19日土曜日のことでした。
前日の明け方、私は胃が張って熱も出していて、今日は自宅療養と決め込んでて大人しくしていたところへ、電話が入りました。
「あ、sakki さん? 相葉ですけど。
あのね、白黒の子がね、うちのベランダでぐったりして動かないのよ。ご飯を出しても全然食べないし。変だと思うんだけど」
「動かない」という言葉に、ひょっとしたら重症かもしれない、と私は思いました。
このところ侵入している体の大きなオス猫との間で、マルメロの長男格のパルは、度々ケンカ傷を負っていたからです。
「わかりました、30分で行きます!待ってて」と電話を切って、手早くキャリーを用意しました。
自分の病院は先延ばしにしても、地域の猫が調子が悪いとあれば出動しないわけには行きません。
頭がクラクラしていて運転はしたくないので、マルメロ通りから2分の病院に、自転車で連れて行こうと決めました。
パルは、通報してくださったお宅のベランダのランドリーバスケットの中で、へたばって丸くなっていました。
バスケットごと持ち上げてもらって、ベランダ越しに受け取っても、目さえ開きません。
「パル。病院に行くよ」と言って両手で掴んでバスケットから出すと、
パルは、ハッと覚醒してベランダの下へ逃げ込みましたが、そこでまたへたりこんでしまいました。
私は難なくパルを捕まえて、キャリーに納めました。
思えば、立っているパルを見たのはその時一度きりでした。以来一週間にわたり、パルは立ちあがることができなかったのです。
診察台の上で頭を上げることもできないパル。
つい数日前にマルメロで会った時は私に寄って来たが、そういえば食べたがらなかった。
背中に触れてみると、ゴツゴツしていて、呼吸のたびに痩せた背中が大きく上下した。
その、まばらで苦しそうな呼吸が、私にはとても気になった。
熱は40度を少し超えるほどで、異常な高熱というわけでもない。しかし口の中はチアノーゼを起こしている。
一体、パルの体の中で何が起きたのだろう?
その日は、代診の男性の先生でした。診察台の上に横たわるパルを見て「良くないですね」と言いました。
抱き上げても横を向かせてもなされるがままのパルの体の、あちこちを探しましたが、外傷は見当たりません。
しかし、古傷のかさぶたがいくつかあって、引っ張ると、毛がごっそり抜けました。
何かとんでもない異変が、パルの体に起きていると感じました。
この消耗の原因は一体何だろう? 先生も、私と同じように不審な表情をしていました。
「この子は、野良ちゃんなんですよね?検査して原因がわかったとしても、治療を続けられるんでしょうか?」と先生は私に聞きました。
私は迷わず、「検査してください。治療も、できることは全てやって下さい」と言いました。
「この子は、ある通りで生まれた子で、この春でやっと4歳になるのです。
まだたったの4歳です。シニアならまだしも、この若さで死なせるわけには行きません。
お金は大丈夫です、私が払います。何とか、パルを助けてやってください」 と言いました。
私がきっぱり言い切ったのを受けて、先生は、
「わかりました。
血液検査ではビリルビンが跳ね上がっている以外は正常値です。白血球の数も普通だし、炎症反応も数字には現れていません。
でも、どこかに重篤な異常があるはずです。レントゲンを撮り、エコーで体の中を探ります。
これからすぐにやります。何かわかったら電話しますから、おうちでお待ちください」と言ってくれました。
しばらくたって電話が来ました。先生の知らせてくれた内容は、予想通り深刻な状態を告げていました。
「パル君、胸に、水が溜まっています。
かなりの量です。それが気道や肺や心臓を圧迫していて、息をするのも苦しい状態でしょう。
お腹は空っぽです。時間を掛けて水が溜まり、食道が押し上げられて、ここしばらく食べられなくなっていたと思います。
ところで、胸水には2種類あるのです。ひとつは、漿液の場合。
原因はたいていは癌です。どこにできているか場所を特定するのも治療するのも、もっと大きな病院へ行く必要があります。
もうひとつは、膿です。原因は感染症や異物誤嚥などで、内部のどこかに炎症がある場合。
あるいは外傷を負ったけれども表面の傷は治ってしまって、量産された膿が外に出られず、胸に溜まる場合もあります。
パル君の胸水がどちらなのか?胸に針を刺して抜いた水を検査します。それが治療の第一歩です。良いですか?」
「わかりました。それを感受性検査に回せば、有効な薬物も特定できますね、ぜひお願いします。
穿刺は、無麻酔でやるのですか? 痛くないのでしょうか?」
「無麻酔でやります。ちくっとするでしょうが、それほど痛くはないはずです。
それから、刺した針から水を抜いた後、代わりに生理食塩水を入れて内部を洗います。
洗うのは、水が溜まっていないとできないのですよ」
膝から水を抜きヒアルロン酸を入れたことがありますが、耐えられないほどの痛みではありませんでした。
ただ、あの体力で穿刺に耐えられるのか? 心配でした。
「それから、ひとつお話しておかなくていけないのですが、穿刺にはリスクがあります。
針を刺す時、針の先が心臓や肺を傷つける場合もあります。そうなると、生還できない場合もあります。
そういうことのないように、エコーで見ながら、心臓と反対の右側に針を刺すつもりです。
これから、そこまでの処置をやります。 よろしいですね?」
「はい。お願いします。どうか事故のないように…」
電話の途中から、耳の奥がわんわん鳴るようでした。
パルの胸に溜まっていた膿の一部。
色が濃く、粘度は強く、臭いも非常にきつかった。結晶化した粒々も見られた。
すでに何日も前から膿が溜まっていて、呼吸が苦しく、心臓にも負担がかかり、
食べたくても食べられなくなっていたのだろう。
そんな状態でも、ギリギリまでパルはマルメロを歩いていた。
外猫は本当に動けなくなるとどこかに潜むことが多い。弱っているところを外敵に襲われないためだ。
もしあのベランダに籠らなければ、発見してもらえなければ…。 恐らくパルは助からなかったと思う。
夕方、再び先生から電話がありました。
「穿刺、無事に終わりました。胸に溜まっていたのは、膿でした。膿胸です。抜いた量は、180ccです」
…180ccの膿
あの小さな体に、コップ一杯もの膿が溜まっていたと聞いて驚きました。と同時に、漿液ではなかったことにホッととしました。
「これで少しは楽になると思うのですが…。
この後の治療については、K先生と良く相談なさってください。治療費用のことも。
パルは、頑張りましたよ。回復を祈ります」
代診日に、膿胸の、しかも飼い主のいない猫の治療を迫られて、精一杯応じてくれた先生にお礼を申し上げました。
しかし翌日。 K先生は、さらに厳しい状況への対応を迫られることになりました。
180ccも抜いたのに、一晩で再び、同量とも思われる膿が溜まっていて、レントゲンに写し出されたパルの胸は真っ白でした
穿刺前のパルの胸部レントゲン画像(右)と、対照するために並べられた健康な犬のレントゲン画像(左)
体内の水分は白く写り、空気がある部分は黒く写る。
パルの胸部には全体に膿が溜まっているため一面に白く、空気がほとんどなく、
膿によって食道と気管が背骨近くまで押し上げられていることがわかる。
また、膿のために、胸の中央にあるはずの心臓が見えない。
180ccの膿を抜いた翌日も、体内の状態は同じようであったため、排膿の手段を再考しなければならなかった
それは、パルの体の中のどこかに炎症があって、膿を出し続けていることを物語っていました。
膿が溜まる度に体に針を刺して膿を抜くのでは、治療は辛いものになるでしょう。穿刺の穴から感染するリスクも高まります。
「脇腹に穴を開けて、排膿ドレーン(チューブ)を通した方が良いと思う。そのドレーンを使えば、毎日2回、排膿と洗浄ができます。
同時に抗生剤を投与します。炎症が上手く納まり膿が減って行けば、助かる可能性はあります。
ドレーン装着手術は、全身麻酔下で行います。 毎日の処置と併せると、1日1万円はかかると思って下さい。
sakki さん、どうしますか?」
すでに「膿胸」を検索していた私には、どれほど重篤な状態であるかも、ドレーン装着による排膿・洗浄の意味もわかっていました。
それだけでなく、ドレーン装着後2週間で死んでしまった例や、ひと月経っても膿が減らず、助からなかった例も、
既に知っていました
しかし私には、これまで何度も猫崎公園の猫の命を的確に救ってくれたK先生への信頼と、
たった4歳で、パルをあの世には絶対に逝かせないという、強い気持ちがありました。
私は排膿ドレーンの装着を選択し、きっぱり、「先生、お願いします」 と言いました。
私はこの時、たった一人でパルを助けるための決断をしました。
しかし、パルは私の猫ではありません。
どこを探しても、パルの飼い主は存在しません。パルは、マルメロ通りの地域猫であって、誰の猫でもないのです。
しかし、パルの緊急事態を知ったマルメロ通りの人たちは、私が思ってもいなかった行動を起こしてくれました。
私は、この日以来14日間、闘病するパルを支えるために、町を走り回りました。
私はその間、命の危機にさらされた一匹の「飼い主のない猫」に対して、地域の皆さんがどれほど愛情を感じていたかという、
発見に次ぐ発見に、支えられたのでした。