マスク解禁になりましたね。
もう疫病はホントにダイジョブなんでしょうか。

いや!無理!!




西新井大師西で下車しました。
理由はもちろん、ここから東方1Kmほどの所を通っている東武鉄道大師線です。
この線が未乗だったのでついでにやっつけようという魂胆ですがその途中にと言うか目的地に大師線の目的でもある西新井大師がありますので寄って行きましょう。

西新井大師西から都道58号を、つまり日暮里・舎人ライナーの下を南へ行くとすぐに都道318号、通称環七との交差点に着きますのでそこを左折。そのまま500m程進めば西新井大師参道交差点です。



ここまでの所要時間は15分くらいですね。

参道は左折です。
街灯がそれっぽい雰囲気になってすぐにあるのが何やらガラス箱の台車を連ねたお店。



お煎餅屋さんです。
まだ開店準備中なのでしょうか。この台車を使われいているのかなー?

その先の交差点に表参道と書かれたアーチがあります。



ここからが正式な表参道だったのでしょうね。
交差する道が環七ができる以前からの道です。
環境配慮なのか建物がモノトーンなので白黒写真に色を付けたみたいになっちゃった。
すぐ先に見えているのが大師様の山門でその間には団子・くず餅屋さんが数件と新旧のお休み処、門前華永路(行ってみればよかったな)という小路などがあります。
表参道ラストの二軒の団子屋さんが呼び込み合戦をやっていて賑やか。

そこまで来ると目の前に山門。



立派な山門で飾りもよいですが、お寺の知名度に対しては小ぶりかな?

山門をくぐれば本堂まではすぐですが、その間の両側には露店がずらり。



あれっ?今日は縁日?
と、思っちゃいましたよ。
だって近所の寺社ではこんな風景は正月かお祭りの時だけだもの。

ではお参りに。
の前にちょいと寄り道。
山門近くにあるのが「塩地蔵」。



イボ取に霊験あらたかとか。
まだイボはないからできないように。
川崎大師の近くにもあったなー。あちらもできものに効くという事だったと思いますが、こちらとは違って塩で溶けてしまったガリガリになってしまった姿でした。

では本堂にお参り。



中では多くの老若男女が護摩祈願を受けていました。

ところでお寺などの本堂は階段を登ってと、ちと高くなっている所が多いですが、これは水害対策?
来る途中の環七の電柱には浸水想定3mとありました。

本堂の脇に井戸があります。



「加持水の井戸」です。



このお寺の本名は五智山遍照院總持寺ですが、その昔、弘法大師がこの地ではやっていた悪疫流行から村人たちを救うために自身の像を枯井戸に安置して二十一日間の護摩祈願したら清らかな水が湧き疫病は収まってその井戸がお堂の西側にあったことからこの辺りの地名が「西新井」となって、お寺も「西新井大師」と呼ばれるようになったとか。

すぐ近くには「加持水」のお堂があるけどそっちは何だろう。



このお寺は弘法大師によって繁栄したので大師関連のものがいくつも。

大師像はもちろんの事、



幼少期も。



四国八十八か所も巡れちゃうし、商売熱心だねぇ、と感じちゃう部分が無きにしもあらず。

まぁ、これはこの寺に限った事ではなくて、寺社仏閣は言うに及ばす広く世間一般で行われているものですね。
弘法大師が湧き出させた井戸や泉が全国各地にあるようだけど、水は生活に不可欠なものだから元々あったものを後々まで大事にするために大師由来としたとか、通りかかった知識ある人が水が出る場所を見つけたけど見ず知らずの人間が言っても信じないだろうから弘法大師だと言って掘らせたとか、じゃないのかな?
当然ですが、農耕にも水は不可欠ですからそれ由来なのかお寺なのに稲荷神社もあります。
もっとも、昔はこの辺りは一面田んぼで純粋に五穀豊穣を願っていたのが開発されて住宅街になってしまった為なのか「出世稲荷」です。

梅が盛りの本堂周りをぐるっと回っているうちに参拝客もさらに増えてきました。



門前も映画で見る帝釈天みたいな感じになっていました。

では、草団子でも買って帰るとしましょうか。


じゃなかった。
団子はのどに詰まると怖いからくず餅を買って「さあ行こうか」。