その12
それでも地球は廻っている



日々のブログからは逸脱しますが、ずっと書き溜めて下書き保存にした記事があります。


あまり良い内容ではないのですが私が今の場所に住むことになるまで。


ようやく気持ちの整理がついてきたので少しずつ推敲しながら公開していこうと思います。



斎場までの道のりがやけに遠く感じました。
少し遅れて到着すると遺体を安置し終えるところでした。
この斎場には何度か来てるけど霊安室というものに入るのは初めて。
安置し終えると一気に時間が進みだしました。
まずは通夜と告別式の日程を決めないといけません。

この時間(明け方)に亡くなると当日通夜の翌日葬儀というのが通例らしいのですが、その日はお寺の都合で式ができないとのこと。

お通夜を翌日にするのがベストだけど、実家の菩提寺ではもう1件葬儀が入っていて微妙らしいとのこと。
「僧侶派遣でもいいからどうにかしてほしい」と申し出て交渉の末、「本来の時間から2時間遅れでいいなら」と了承を得ました。
通夜は明晩、告別式は明後日。よかった。
ちなみに告別式の日は次男の誕生日でした。

病院で着せてもらった年寄りの寝巻はチェンジしないといけません。またチアノーゼで紫になった顔もどうにかしてあげないといけないのに普通のメイク用品では太刀打ちできないのはわかっていたのでこちらも。
違う服に着替えさせたいと葬儀社のスタッフ(以後Kさん)に相談すると湯灌を薦められました。
どうせなら最期くらいちゃんとキレイにして送ってもらおうとお願いすることにしました。

枕経は午前9時で菩提寺の段取りがつきました。
このあたりの風習では故人愛用の茶碗に一膳飯・お箸・枕団子の準備が必要です。
ご飯は米から炊く時間がないので、コンビニでレンチンのものを買いました。
そういえば母親の時は遠縁のおばさんが一升も白飯炊いてたなあ。
団子も方法がなければ、私がつくることも考えていましたが父親の提案で姉が懇意にしていた和菓子店にお願いしてみることに。

朝早い時間なのに女将さんが店先にいるのが見えました。偶然?
姉の訃報を伝え「姉がここのお団子好きだったのでお願いできませんか、くるみ餅もお供えしたいので」と言うと、「一昨日会ったばかりなのに嘘や」と驚いていましたが快く引き受けてくださいました。

実家に着くと近所のおばさんが「手伝えることはないか」と声をかけてくれました。
「ご飯の用意だけやから・・・」と丁重にお断りし作業に取り掛かりました。
よくわからないけど仏壇の扉も閉めました。

家の裏に住む幼馴染にも連絡を入れました。
姉の病後ずっとお世話になっていたからね。

2パック使って一膳飯を作りました。
ギュウギュウにしない崩れてくるのですよ。
「おばちゃん、このくらい盛ったらいいもの?もっといるかな?」と聞くと「そんなもんやな」と言われたので、そうっとラップをかけました。

それから遺影に使う写真を探しに姉の部屋へ。
あの写真と決めていました。
「撮るのん上手いでー」と言っていた高校の卒業アルバム。
それと着せてあげる服を探しました。
目についたのは弟の結婚式で着ていた紫色のワンピース。それ以外は思いつきませんでした。
あと気に入っていたフリース。肌着と靴下も。

父親は同行(どうぎょう)という村の檀家さん(いわゆる隣組)の対応に追われていたので、私は一足先に斎場へ。

和菓子店に立ち寄ると女将さんがお供え物と一緒に「この人にも連絡してあげて」と宅配便の伝票を差し出しました。
知っている。前回入院時から名前を聞いていたあの人(以後Yさん)だ。

斎場へ行く途中、姉の同級生(以後Iさん)の連絡先をダンナに調べてもらうことに。この人もずっと名前を聞いていたから。昨夜自宅に置いたままにしていた姉のスマホから検索してもらってすぐに連絡を取りました。やはり信じられないといった反応でした。

そりゃあそうです。
家族ですら寝耳に水。


枕経の儀式が終わるとお坊さんを交えてお寺関係の話になりました。言っちゃあ悪いけどお金の話。

まず戒名。母親と同ランクなら別料金だったけど致し方ない。位牌の戒名がバラバラというわけにはいかないし。
なるべく故人の名前が入るようお願いしました。それと葬儀での僧侶の数。お道士さんと役僧さんでお願いしました。
あとは野辺送りまででのお布施金額。
世の中金が全てと悟る時。片手は必要です。

村の様子もだんだん変わって来ていて、おかしな風習は排除しないといけないという話になりました。
内容は敢えて伏せますが、村の檀家さんたちが長年疑問に思っていたことがあって、それをやめてみてはどうか的な。
ウチが辞めれば後は慣例にできるから、そうしてほしいと言われました。
父親もこれに賛同したので今後は変わって行くのでしょう。

母親が懇意にしていて姉もお世話になっていた遠縁のおばさんも娘さんと駆けつけてくれました。
「いい顔で寝てるね、よかった」そう言ってくれました。
特に足元から見ると微笑んでいるように見えたのは私だけじゃなかったみたい。

檀家さんが手伝いに出る場合、委託金を用意する必要があります。
銀行での1日の取引限度額では足りません。
親戚から貸し出しの申し出があったけどどうにかしないといけない気がしました。借用書は書きたくないし。父親のメンツのため。

そうこうしてる間に義妹と甥姪がやって来ました。

死亡届の必要事項を記入した後、印鑑をKさんに託し、線香の番を父親と弟家族に任せて私は一旦家に帰ることにしました。
スウェットにスッピンだったし。

家に着くと旦那と息子たちが待っていました。
「すぐに支度して行ってあげよ」と準備をしました。

委託金はその日に何とか用意できました。
姉の入院給付金を預かったままにしていたから。
あとは父親の口座から下ろして、息子たちの預金から拝借。
これでクリアです。

別行動が望ましいので夫と息子たちは車、私はスクーターで家を出ました。

斎場に着くとIさん(姉の友人)も駆けつけてくれていて、湯灌が始まろうとしていました。

お互い面識がないはずなのにIさんからもYさんの名前が出たので、Yさんにも連絡しないといけない気がして連絡することにしました。