僕は赤いカップを縁取る白いラインを指でなぞり、両手でそれをゆっくりと口元に運ぶ。投げ出された質問には答えずに、小さくあたたかな息を吐き出す。黙って答えを待つあなたに、別の問いかけで返事をする。


「それでも、慣れることがないとわかっていても、またはまり込むってわかっていても、結局出かけていくんでしょう?直感がささやくときには。」


目の前に座るあなたは、どうだろうね、と肩をすくめてみせた。

カップを横に置き、膝を抱えて丸くなる。その膝の上に顎を乗せ、さらに丸くなる。


「そこにその求めている半分があるって、思うからなんじゃない?」


そうなのかな。小さく眼だけで空を仰ぎ、溜息交じりに言う。肩にかかっていた髪が、さらりと音を立てて流れた。


「そろそろ、見つかってもいい頃なんだけど」


そろそろ、見つけて次へ行きたいんだけど。


「本当に、そう思ってる?」つぶやきはいつも、何らかの問いかけなんだ。疑問もわだかまりも、何かを自分に問いかけている。本当に、そう思ってる?

逸らしていた視線が、斜めの角度で再び交わった。

「私がそう、思ってないって思うの?」


「だって見つかってしまったら、もう出かけるきっかけを失ってしまうんじゃないの?」


あなたは軽く眉間にしわをよせ、口をとがらせて、吐き出す息と共に答える。


「…どうだろうね。わからない。」

 



 再び視線は、カップに戻った。内側まで真っ赤に彩られた底の方で、いまだ細く立ち上る湯気がつぎつぎと、空中に引き寄せられていく。それらは新たな場所へ進むのか、帰るべき場所へ戻っていくのか。

 質問をやめて僕は、今感じていることをそのまま話してみる。


「気分が落ちるところまで落ちれば上がってくるよ。本当は落ちなくてもいいんだけどね。進むことをためらってしまうがために、今は助走をつけるために大きく後ろに下がろうとしてるだけなんだ。そのことに気付けば、すぐにまた進み始められる。ひとつレベルが上がった最初の方は苦しくて慣れるのに時間がかかるだろうけど、すぐに慣れる。前と同じように、直感を信じられるようになる。ピンチのあとには必ずチャンスが来るよ。そしてあなたは嬉しそうに、楽しそうに、次の旅立ちのことを考え始めるんだ。」


あなたの、くっきりときれいな二重の奥にある優しい瞳が、ようやく微笑みを取り戻した。


「また旅に出れるのね?」


「そう。直感も、信じていていい。信じられなくなって、誰かもっと頼れる人が現れることを望んでしまえば、そういう人を探し始める。どちらにしても、旅に出る方が物事を変えやすいことには変わりはないのかな。一人よりも、二人の方が何かと楽しいだろうしね」


気が付くと辺りはすっかり暗くなり、時計は前に見たときから3時間先を指していた。

そうやって、あなたは進んでいくんだ。


「もう一杯、淹れてくるよ。」そう言って僕は立ち上がる。

<続>