遠くの方で、学校のチャイムが鳴っているような気がした。懐かしさと少しのせつなさを感じさせる音。
だけど、おかしいな。今は日付が変わったばかりの真夜中。そんなはずないのに。澄み渡る空気に耳を澄ませても、静けさが耳の中で増幅するばかり。そのしんとした中に、つかみ損ねた音の端を探す。…やっぱりそんなはずはない。
そう首を傾げていると、エリックがひとつ、大きなくしゃみをした。
「Bless you」突如部屋に引き戻された私は、対角線状に位置するソファーに座って本を読んでいる彼に向かってそうつぶやき、鼻先だけ出して外を眺めていた窓を閉める。

「誰も、罪はないんだよな。」
鼻をすすりながらぽつりとエリックがつぶやき、テーブルの上のぬるくなったビールをぐいと飲み干す。彼が両足を投げ出していたテーブルが体を動かした際にきしんだ音を立て、ゼリーのように部屋全体に均一に留まっていた空気がすこしだけ動いた。
許しを請うことにも、許す先を探すことにも飽きていた私は、椅子の上で膝をかかえ丸くなった姿のまま、エリックの次の言葉を待った。
「誰にも、罪なんてないんだよ。みんな、正しいことを正しくやってるだけなんだよ。どこも、どいつも、一番いい状態でしかないんだよ」
自分に、何かに言い聞かせるようなその声は、怒っているわけでも寂しそうでもなく、じっとどこか一点を眺める青い瞳に更なる温かさが燈ったような、そんな落ち着きに満ちていた。
その落ち着きは私をものすごく安心させ、久しぶりに少しだけ笑顔になることが出来た。
空には白い月が 眩しい光を放っている。
遠くでまた、鐘の音がする。きっと、始まりの合図なのだろう。
誰にも罪はない。あの人にも、そして私にも。そのままの存在で、無邪気に天真爛漫に、晴れやかな気持ちで進んで行けばいいんだ。