ICU

手術の何が嫌いかといえば、術後。

特にICUだ。

身体は動かないのに五感が研ぎ澄まされ、時間の流れがわからない。

生まれて初めてのICUではICUシンドロームになった中年男性の「殺される！」という叫びが恐ろしくて一睡もできなかった。

そのときはICUシンドロームというものがあることも知らなかったので、ただただ恐怖で静かにパニックになっていた。

そしてその後3回手術することになるのだが、この恐ろしさは変わらない。

手術は眠らされているうちにどうにかなるけど、目が覚めてからは長い夜の始まり。

過去2回、ICUから一般病棟に戻った後せん妄や幻聴に悩まされたこともあり、手術が近づくにつれフラッシュバックが起こるようになった。

そして今回。

目が覚めたら身体は動かない。

機械の音。

いつもの風景。

寝てしまえばいいけれど悪夢が怖くて眠れない。

それを聞いて看護師さんが「じゃあテレビ見る？」と聞いてきた。

機械音が頭を変にする可能性の１つと言われていて、テレビの音で気を紛らわせるという。

前回のICUでテレビの音がどこかから聞こえててすごく怖かったのはこれだったのか…と理解した。

あれ、幻聴かと思ってたよ…

見ようか迷っていると看護師さんに「天井をずっと見てるより楽しいよー♪」と言われ、母とカルタンにも「とりあえず試してみなよ」と勧められ試すことに。

「何が好き？ドラマ？あーもしかして韓流とか？」と看護師さんに聞かれたけど、普段ラジオ聴くことが多くテレビもBSばかり、ドラマは海外ドラマばかりなので見たいものもなく、とりあえずNHKをかけておいてもらった。

「本当にこれでマシになるのか…」と視界の端っこで『ガッテン』を見ながら思った。

それからは視界の端っこのテレビをぼーっと見ながら音声を聞くようにし、何度も吐き気に襲われてゲーゲーしていた。

『探検バクモン』、ニュース、『72時間』の再放送、『ファミリーヒストリー』、高専のロボコン、etc…

阿部寛の『スニッファー』は殺人現場が出てくるのが怖かったけど、チャンネル変えてもらうのも面倒だったので耐えた。

ICUでサスペンスは怖い。

深夜、年輩男性がICUシンドロームになり大騒ぎし出した。

前は怖かったけど、今は「どこだ⁉︎お前らなんや⁉︎」と言っている男性に対して「わけがわからなくて怖いだろうな」と思うようになった。

テレビの音を聞いているものの、気分が落ち着くことはなく、見える景色をただただ見ていた。

頭はこんなにハッキリしてるのに身体は動かない。

辛いとき考えようと思っていた面白いことも考えることができなかった。

頭に浮かぶのは『ジョニーは戦場へ行った』『ミッション8ミニッツ』『潜水服は蝶の夢を見る』や乙一の短編小説など、閉じ込められた人のことだった。

もしかして自分もこのままかもしれないと思ってしまう。

そういえば手術が出てくる映画の術後ってどんなシーンだっただろう？と考えてみても、思いつかなかった。

『50/50』は一般病棟に戻ってモルヒネでボーッとしてたし。

どの映画もドラマも漫画も手術へ向かう姿は描いていてもICUのシーンはなかった。

一番怖いのに何故？

そこんとこもちゃんと描けよ！と、表現に対して怒りが湧いたりした。

こんなことならば手術なんてしなければよかった…と何度も思いつつ、手術をした人はみんなこれを乗り越えてるんだから大丈夫だと自分に言い聞かせた。

みんなどうやって乗り越えたのだろう？

80代で何度も手術をした祖母はどんな気持ちだったんだろう。

勝気な祖母は強い人だったんだなと改めて思ったりした。

身動き取らずにいたから左腕が動かず、頑張って動かすと痛みが走った。

指も痺れている。

朝来た看護師さんにその話をしたら「麻酔でそうなってしまったのかもしれない」とのこと。

「治りますよね？」と聞いたら、「リハビリを続けていけば動くようになるかもしれません。治るかどうかは…」と…

ええっ⁉︎これ、腕動かしてないから痺れてたんじゃないの⁉︎と、一気にどん底に突き落とされた。

これからの生活どうなるんだ⁉︎ 縫い物できなくなったらどうしよう…

でもテレビがついていると時間がわかるので、ないよりはずっとよかった。

10時半頃一般病棟に上がれた。

ベッドで運ばれてICUが広いことに驚く。

ここに来たのは3回目なのに、毎回ベッドが5つくらいしかないように思う。

そして左腕の痛みは徐々に良くなっていった。

動かさずにいたから痺れていただけだった。