「パパがね、言ってたの。

 あの断崖を登りきったものには、

 神さまが逢ってくれるんだって。

 そして、全ての人が幸せになる方法を教えてくれるんだって。


 それでね、多くの人があの断崖に挑んだのよ。

 みんな命がけでね...


 パパは、医者だったの。

 遠い遠い西の国に住んでいたの。

 でも この話を聞いて、船に乗ったのよ。

 そして 長い長い旅をして、この地に辿り着いたのよ。」


そう言うとメルは私を気づかいながら、

そ~っと首のチェーンを引き上げた。

そして、チェーンの先にかかった指輪を

右手でぎゅっと握り締め、口元に運んだ。

左手をその上に重ねて包み込むと、

くちびるに指輪を押し当て 目を閉じた。

しばらく呼吸も忘れて じっと立ち尽くしていた。


すっと風が横切った。

メルは急に 大きく息を吸ったかと思ったら、

同時に胸元が小刻みに震えだした。

私の嘴に滴があたった。

見上げれば頭上から ポタポタと落ちてくる滴。

私はしばらく、その滴に打たれるしかなかった。

私の青い羽を濡らす 温かい滴に...



私にはメルの言葉がわかる。

でもメルに話しかけることは出来ない。

質問することも出来ない。

メルが話してくれることしか

知ることが出来ない。

メルの寂しさを感じる。

メルの孤独を感じる。

それは私が味わった寂しさだから...

それは私が味わった孤独だから...


メルが私を近くに置くのは、

メルにも私の孤独がわかっているんだろうな。

孤独を味わったものにしか

本当の孤独の意味などわからない。

でも本当の孤独を味わったものが独りでなければ

それはもう孤独とはいわないのだろうか?

共有するものがいるのだから、

もはや孤独とは呼ばないのだろうか?