東京の歯科医の長女が次兄によって殺害され切断された事件に続き、今度は妻が夫を切断というショッキングな事件の報道であ る。私は桐野夏生さんの「OUT」を咄嗟に連想した。おぞましいストーリーではあるが私と似たような階層の主犯の女性にシンパシーまで感じてしまったの はそれがフィクションだからで、それが現実となると話は全く別である。そんな事件がまさか日本で起こるはずがない、とたかをくくっていたから安心して読み 進めた訳だが、こんな事件が起きてから読めばそら恐ろしい現実感が迫ってくるだろう。

評論家の宮崎哲弥氏は「勝ち組には勝ち組なりの問題があるということか」という視点を持ったそうだが私は異なる視点を持ってい る。それは、ああ、男と女のエゴ、と言って悪ければプライドがぶつかり合り、解決を見ることなく破綻する時代になったのだなあという感慨である。

昔なら夫唱婦随、妻は夫に楯突く事は論外だったのが、時代が下って男女同権の世の中になって、女も男に向って要求もすれば批判もする。理不尽な命令や暴力 には屈しないという強いメンタリティを持つようになったのだ。男女が議論をして譲歩し合ったり理解を深めるのならいざ知らず、浮気、暴力の果てに口論、殺 害に至るのでは結婚の意味がない。男女が結婚するとは2人で幸せな家庭を築くためであって、言葉の暴力(モラル・ハラスメント)に暴力(ドメスチック・バ イオレンス)と来れば、もう話し合いの余地はない。逃げ時である。

弱い者は、動物界を見てもわかるようにひたすら逃げるのである。私も暴力男を知っているが、暴力を振るえば女は黙って従うとでも思っているのか、話し合いなど出来ないのだ。まともに争っても勝てる訳がないから私はすたこらさっさと逃げたものだ。
アパートから逃げる。結婚生活から逃げる。彼女にも出来ない事ではなかっただろうに、夫をワインの瓶で殴って殺害し、更には切断して捨てるという異常な行 動に出たのは、一つには窮鼠猫をかむ、という諺があるように、とことん追い詰められて気持ちに余裕がなくなって正常な考えが出来なくなっていたのだろう。 自分を全否定する夫に対する強い憎しみもあったのだろう。

付け加えれば、日本人の男女は世界で一番体格差のない人種だという。私の知り合いの女性が「頭に来たから(彼氏を)殴ってやろうかと本気で考えた事があ る。私より背が小さいし」と言うのを聞いた事がある。体格はケンカの際の大きな要素である。彼ら夫婦の間にも体格差がなかったのではないだろうか。身長 180センチ、体重90キロなどという大柄な男性だったら殺害も容易ではない。

男と女のエゴをかけたガチンコ勝負の時代に突入したのだ。やすやすと男が主、女が従、という関係は成り立たない。力ずくで言う事を聞かせようという男の常 套手段ももう通用しない。女を貶めるような言動で気力をくじき、従わせるという手段もいい結果を生まない。前代未聞の異常な事件ではあるが、うちにひそむ 男女関係のきしみにも目を向けてみてはどうだろうか。