「最上さん……これ、ホワイトデー。
 遅くなってごめんね。」
 
 
「いえ……そんなっ」
 
 
「このプリンセスローザと同じ石がなかなか手に入らなくてね……ホワイトデーには間に合わなかったんだ……」
 
 
「え……あの……これ……薬指……ですけど……」
 
 
「いつか本物を渡すから、今は……これで予約させて欲しい。」
 
 
「よ……やく……?」
 
 
「うん……好きだ……最上さん。」
 
 
 
 
 
 
 
 
おかしな……夢を……見た……。
 
 
キョーコは、自室の布団から大きくはみ出して目が覚めた。
窓から入る光がちょうど目の位置に当たり眩しくて、両手で光を遮る。
 
 
あんなこと……現実であり得るはずがないのに……。
 
 
そしてふと夢の内容を思い出し、翳した手を少しだけ離してみると……
 
 
ほらね、やっぱり。
……あるはずなんてない。
 
 
キョーコは自分の願望が見せたであろう夢への恨めしさから少しだけ涙が溢れた。
 
 
ピピッ、ピピッ、
 
 
目覚ましを止めて、布団を畳み、カーテンを全て開けた。
もう一度だけ……と思いながら確認をしたけれども、やはり自分の手に指輪なんてない。
 
 
はぁーーーーっ……
 
 
大きく息を吐き出してから、着替えるためにとチェストを開けた。
膝を付いて勢いよく引き出したチェスト。
ところが何故かキョーコの意識はチェストの中身とは違った場所に向いていた。
 
 
おかしい……
今一瞬この部屋にはなかったはずの何かが見えた……。
 
 
恐る恐る振り返ると、テーブルの上にある手のひらサイズの正方形の桜色の箱。
きっちりとかけられた真紅のリボンをほどくと、箱の中から表れたのは、もう一回り小さな箱。
 
明らかにリングケースと見受けられるその魅惑的な箱を開くとーーー
 
小さなピンク色の石が施されたリングが一つ。
 
この色は知っている。
 
 
「プリンセスローザ様……」
 
 
キョーコはまさか……と思いながら指輪を手に取り、恐る恐る自分の薬指に嵌めてみた。
 
 
「……ぴったり……」
 
 
それから数十秒フリーズしたキョーコは、はっと時間のことを思い出した。
 
 
「いけない!仕事っ!!」
 
 
指輪外して丁寧にケースに戻すと、それをチェストの中にしまいキョーコはだるまやを出た。
 
 
 
ラブミー部の依頼のため事務所へと向かう間中、キョーコは必死にあの指輪の記憶を思い出そうしていたがどうしても思い出せない。
 
 
事務所に到着し、ロビーに差し掛かった所でふわりと香るコロン。
 
 
(この近くに……)
 
 
キョーコは辺りをキョロキョロと見回した。
するとロビーから各セクションの事務室へと続く廊下へと歩を進める蓮の後ろ姿を見つけた。
 
 
(……いた……。)
 
 
普段ならすぐにでも追いかけて先輩俳優への挨拶を欠かさないはずのキョーコだが、今朝だけは違った。
おかしな夢を見てしまったがために、蓮への後ろめたさから足が動かなかった。
そんな迷いが生じたほんの一瞬ーーー
 
蓮のコロンの残り香を塗り替えるほどの強いフレグランスが風に乗って、立ち尽くすキョーコを纏った。
その香りと共にキョーコの真横を通り抜ける一人の女性。
その女性が蓮に向けて呼び掛けた。
 
 
「コーン!!」
 
 
(えっ!?)
 
 
すると蓮が振り返り驚いた表情を見せる。
そして馴れ馴れしく蓮の腕に絡み付いたその女性は、金色のロングウェーブの髪を揺らしながら、引き締まった腰と適度に肉付きの良い長い脚を曝け出し、ぴったりと蓮に纏わりついている。
 
何かを話しているのだろうそんな雰囲気の二人の後ろ姿を眺めていると、不意に蓮と目が合った。
ドキッとしたキョーコ。
しかしそのままその女性に腕を引かれて廊下の奥へと消えていく蓮が、こちらに何か言いたげに見えたが、キョーコは思わず目を反らしてしまった。
 
足音が聞こえなくなり、元の場所に視線を戻すが、もう二人の姿はない。
 
 
(……な……に……今の……)
 
 
見てはいけないものを見てしまった。
そう本能的に感じ取ったキョーコ。
 
 
(でも……)
 
 
あの金髪女性は、蓮を "コーン" と呼んだ。
それは間違いない。
だが、蓮はコーンではなく、コーンと背格好が全く同じ日本人の人間で、コーンは普通の人には見えないはずの妖精界の王子様。
 
 
(まさか……あの女性……)
 
 
立ち尽くすキョーコの背中を誰かが叩いた。
 
 
「悪いな、最上くん。
 さぁこっちだ、頼む。」
 
 
椹に連れられ、無造作に机や椅子が置かれただけの使われていない部屋へと入れられたキョーコ。
 
 
「ここに新しいセクションを作るから、この部屋の掃除をお願い出来るかな?」
 
 
「分かりました。」
 
 
一人、頼まれた部屋の掃除に勤しむキョーコ。
一人になったことで次々と想いが駆け巡る。
 
 
(今朝自分の部屋にあったあの指輪はどうしたんだろう……
 
 さっきの外国人女性は誰なんだろう……
 
 ーーー敦賀さんと、どういう関係なんだろう……)
 
 
心ここにあらずでも着々と掃除を進めるキョーコは、扉が開いた音に気がつかなかった。
 
 
「こんにちは……」
 
 
「っ!!?」
 
 
急に話しかけられたことに驚き椅子を倒してしまったキョーコ。
 
椅子を戻しながら振り返ると、そこに立っていたのはーーー
 
 
『初めまして、エイミーよ。あなたは?』
 
 
さっき見た金髪女性……。
 
 
『キョーコです……』
 
 
『あー良かった!キョーコ!
 あなた英語話せる?』
 
 
『話せます……けど……』
 
 
『私、このLMEの外国人タレントセクションに入ることになったのよ。でも日本は初めてなの。よろしくね?』
 
 
『は……い。』
 
 
そういえば掃除を頼まれているこの部屋には、新しいセクションを作ると椹が言っていた。
それを思い出したキョーコは、新しいセクションとは彼女の言う外国人タレントセクションなんだと理解した。
 
鼻歌を歌いながら、事務椅子に座りクルクルと回るエイミー。
真っ白な長い脚を組んで、ロングウェーブの金髪を指で弄ぶ彼女からは、得も言われぬ大人の女性の色気を感じ、キョーコは何故だか胸がチクリと痛んだ。
 
時折エイミーを盗み見ながら掃除を進めるキョーコは、換気をしっかりとしているはずなのに、酸素が薄く感じてだんだんと息が詰まってくる。
 
何故だろうーーー
 
 
『ねぇ、キョーコ。あなた、蓮のことは知ってる?』
 
 
『えっ……』
 
 
キョーコの心臓がドクリと大きく跳ねた。
 
 
『知ってるわよね?だってこのLMEのトップ俳優だって会社の人から聞いたもの。』
 
 
『知ってます……』
 
 
むしろ私が知りたいのは、あなたが何故敦賀さんを知っているのかです……。
キョーコはそう思いながらも何も言い出せない。
 
 
『まさか彼にここで再会できるとは思わなかったわ。』
 
 
独り言のようにそう言い放ったエイミー。
 
だがその言葉に確信を得たキョーコは思いきって切り出した。
 
 
『あなたも……妖精が見えるんですか?』
 
 
するとコバルトブルーの大きな瞳を真ん丸に見開いたエイミーは噴き出した。
 
 
『キョーコ、あなたとっても面白いわね!』
 
 
『えっ……!?』
 
 
『キョーコは妖精が見えるの?素敵ねっ。』
 
 
声を上げて笑うエイミーに、ただただ恥ずかしくなったが、それでもまだ何一つ疑問が解消されていないキョーコは、ここで引き下がるわけにいかなかった。
 
 
『でもっ、さっき敦賀さんのこと "コーン" って……!!』
 
 
あれは絶対に聞き間違いなんかじゃない。
そう思うキョーコは必死にエイミーに食い下がる。
 
 
『あ~~~、やだ聞かれちゃったのね……。
 
 蓮がアメリカにいたときにね、付き合ってたの。私たち。』
 
 
『ーーーーーっっ!!?』
 
 
 
キョーコはその会話のあと、どのようにエイミーとの会話を終わらせたのか全く覚えていなかった。
 
 
 
ただ、やっぱり……と思ったことが二つ。
 
やっぱり、敦賀さんは昔から日本でのみ活躍していた俳優さんじゃなかったんだということと、
 
やっぱり……あの女性とは、ただならぬ関係だったんだということ。
 
 
でも、どうしても分からないことも一つ。
 
 
結局、どうしてエイミーは蓮を "コーン" と呼んだのだろうと……。
 
 
 
気がつくとキョーコは、外国人タレントセクションの部屋の掃除も終わらせて、休憩室のソファーに深く深く腰かけていた。
 
 
 
 
 

 
はいっヽ(・∀・)ノ
 
リクエスト頂きましたのは、ちびぞうさま♡
お二つ頂いたうちの『昔の女編』(*´艸`)
 
実はまだ見切り発車ですので連日アップは出来ないかもですが、、チャレンジさせて頂きます(*`・ω・)ゞ