新しい経営学の息吹 7 | いろは

それにしても大変な時代に入ってきておりますが、学問としての経営学もやはりこの時代に合わせて変えてゆかなければならないのではなかろうか?というのがこの連載の論旨であります。

 

そうはいうものの、実際には難しく、デジタルであったものをアナログへ戻すとなると相当なエネルギーの消費となり、時間の無駄とも思えてきますが、ここを何とかしてゆかないと日本経済も大変な状況となるでしょうし、私一人が頑張ったところでどうにもならないことは重々に理解しておりますが、話は進めようと思います。

 

とりわけ音楽業界のことを経営学的に考えると、この先はどうなるかを考えてゆかなければならないのですが、経営戦略論的に考えると、やはりアンソフの戦略マトリクスを参考に考えてみるのが基本であるかと思われますが、しかし、あれは音楽事務所としてどのような方向性で進むと考えるには適応可能ですが、各種のアーティストに焦点をあてると、使えないのではないでしょうか?という単純な疑問が浮上します。例えば、シンガー&ソングライターの多くは一人で作詞・作曲、演奏、歌唱、レコーディング、音源の販売まで行います。そうすると、いきなり垂直統合戦略を実践していることになり、学説が見事に崩れるのであります。そしてそれは意思決定の問題であるとなると、問題は相当な規模へと拡大することになります。

 

そこで、バリューチェーンという構造を基礎にしながら差別化戦略を考えたポーターの経営戦略論からの視座では、上述のシンガー&ソングライターを例にすると、この人物自身がすでにバリューチェーンの川上から川下までの全てを表現しておりますので、結果として「捉えきれない」という、とんでもない状況となってしまいます。

 

そう考えると、芸術家はやはりいろんな意味で規格外であることが多いのではなかろうか、そしてその規格外の人を一般の人が見て、その人物を投影することにより、それこそ「元気をもらう」という現象が起こっているのではなかろうかと思うのであります。こうなると、やはり独自の経営学理論が必要となるのではなかろうかとするのが今回の狙いであります。

 

音楽業界のことで話を進めておりますので、音楽をやっているアーティストのことで話をしますと、先ほどの垂直統合戦略について、一般的なメーカーを例にしますと、上場企業で、なおかつ売上高(連結決算を含む)で一兆円以上の企業にてようやく実現するような戦略であります。それが、これから音楽業界にて活動してゆこうとする無名のアーティストが実践しているわけですから、これをどのように見てゆくかという根本的な問題があります。

 

そもそも一兆円企業と無名アーティストとを比較するなという意見もあるでしょうけど、経営戦略論的に評価すると、一兆円企業も無名アーティストもやっている行動は結果として同じであり、事業の規模に非常に大きな差はあるものの、そのひらめきと行動力については一兆円企業の経営者と同じくらいの可能があるのではなかろうかと評価するのが妥当であると思っております。ただし、彼らには経営に対する知識と経験の不足により、その「ひらめき」を十分に活用できていないと考えますと、一貫性が出てくるのではないでしょうか。

 

さて、では一兆円企業の経営者と音楽業界の無名アーティストとはどこに差があるのかを突き止めることができれば、有名アーティストへの第一歩をお手伝いできるかもしれません。私の直感では、無名アーティストの戦略は間違っていなくても、そのプロセスに問題があり、ここに一兆円企業の経営者との差が出てくるのではなかろうかと思っております。但し、その直観力や行動力、非常に若いながらも多くの経験を積んだ一般企業の経営者たちと対等に立ち向かってゆくだけの発想力を見逃すわけにはいかず、これらをミックスさせると若くして一兆円企業(メーカーや商社など)を実現させる方法へのヒントになるかもわかりません。

 

次稿からはこれらに力点を置き、話を進めようと思います。

 

次回は9月5日に更新予定です。ご高覧、ありがとうございました。